01:なりふりなんてかまってられない

君が行き日長くなり山たづね
迎へか行かむ待ちにか待たむ


その文が届いたのは、沈む夕日が消えかかる頃だった。
丁寧に認められた文は曹丕手ずからのものである。
三成が織田陣営に移ってからも度々やりとりがあったものの、
こうして文など見ると改めて感慨深いものがある。
冒頭の歌は、三成が曹丕へと置いていった書物より
の引用であった。三成に合わせて漢詩でなく、こういったものを
引用するのはこの男の細やかな配慮であろう。
歌の後に近況や細々したことが書かれている。
しかして三成はその文を見たとたん弱った。
嬉しい、嬉しい反面非常に困る。
三成はそういった文に対して、何か気の利いた
返し方などできようも無いし、手近に引用できる書物でもあれば
朝までになんとか返事を認められよう、しかし出陣を控えた今は
どう考えてもそのような資料を調達することもできない。
三成はしばし悩み、辺りを見回すが当然何かの援けになるものなど
なく、兼続や左近でも居ればなんとかなろうが、
それもままならない、ためしに外にでも出てみて
詩でも詠んでみようかと試みるが、
四半刻もしないうちに、挫折する。
「・・・どだい俺には無理なのだ・・・」
はあ、と溜息を零し、手元の紙を見れば
お粗末にも詩とすら呼べない何かの羅列であって、
文武両道、文帝と称されるほどの麗人に到底渡せるものでは無かった。

仮に設けられた幕舎の前では酒を呑む武人達が屯している。
その様子を少し離れた場所でぼんやり眺めていると
長政とお市の姿が見えた。
魏と織田と、双方を結んでいる二人は度々陣営に顔を出す。
どちらも見目麗しい夫婦で、非常に仲睦まじい。
長政はさりげなくお市に花を渡した。
お市はそれを微笑みながら髪に挿す。
なんとも微笑ましい光景である。
三成はそれを見てなんとも云えない心地になった。

(なんと・・・まあ・・・)
以前はそんな様子を見れば、莫迦らしいと一蹴しただろう。
しかし、今は長政に対して少なからず尊敬の念がある。
あのように恥ずかしいことを自然にできるのは
今の三成にとっては羨ましいかぎりであった。
(俺とてあのようにできれば・・・)
曹丕は笑うだろうか、
素直に曹丕を喜ばせられるだろうか、
(くだらぬ、と云って鼻で哂いそうだがな・・・)
その様子を想像する。
自分が曹丕に花を贈る。
曹丕はくだらぬと哂うだろう、
(しかし・・・)
受け取るのだ、その花を。
「できるか、そのようなこと、」

結局朝までかかって認められた文は
曹丕の元へ届けられた。
事務報告の羅列であるそれは、
当然情など微塵も見えず、些かつまらない文である。
しかし三成らしいと云えばそうだ。
半ば呆れながら、反面よくもそんな内容ばかり綴れたものだと
実直な性格の三成に感心もする。
曹丕は最後まで捲ってからはらりと落ちたものに
気が付いた。
「・・・花・・・?」
白い小さな花である。
お世辞にも綺麗とは云えない
花弁がところどころ欠けた押し花だった。
それを拾い曹丕は微笑した。

「もう一句詠めそうだ」

あの三成が一体どんな様相でこの花を摘んだのか、
不器用にしかし彼なりに丁寧に包まれた花は
三成の想いそのものでそれが何より曹丕は愛しい。

「次はなんと書いてやろうか」


もういっそ
何もかも棄てて
わたしと逃亡して
欲しいなんて
囁きたくなる
この日常!


訳:あなたのおいでが間遠になった。
山に迎えに行こうか、それともひたすら待っていようか
万葉集/磐姫皇后

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