02.決して格好いいものじゃないけれど
※信長→丕←三

織田信長という男とまともに対峙したのは初めてだった。
配下のものから軍務の合間に届けられた文は
今宵、月を見て語らないか、という内容であり、
高価な紙で書かれたそれは曹丕の興味をそそった。
であるからして、現在曹丕は信長と酒を酌み交わしている。
「奸雄の子、か」
興味深そうに曹丕の顔をまじまじと眺める信長に
曹丕は一通りの礼を述べ優雅に笑みを浮かべて魅せた。
情欲の交じる視線は嫌いでは無い。
そういったものに晒されるのは慣れている。
それに魔王と呼ばれる男に興味もあった。
鉄砲という武器、進んだ戦術、所有している知識の数々は
魅力的である。
どうやら魔王も曹丕に興味があるようで、
早速手近に引き寄せられ、杯に酒を注がれた。
されるがままに身を委ね、相手の胸に凭れかかるように
身体を移し視線を絡めると興が乗ってきたのか
信長は機嫌良さそうに酒をあおった。
「不思議な眼よの」
曹丕の髪に指を通しながら顎を掴み
曹丕の顔を眺める。
愛でるというよりは検分するような仕草であった。
「よく云われる」
薄く笑い曹丕が言葉を返せば
いよいよ興が乗ったらしい信長が曹丕を膝に乗せた。
「美しい、誰も信じぬ孤高の眼だ、うぬは魔性ぞ」
曹丕の慣れた様子に信長は喉を鳴らす。
遠目で見た時から気になっていた。
長い絹の髪、薄い灰青の瞳、怜悧な視線、傲慢さを潜ませた
太古の奸雄の子、策謀の世界に生きるその知能、
隙が無いらしい王子は様々な柵に捕らわれているようにも見える。
しかしてその慣れた様子からして、その血の淫蕩を悟る。
誰でも手にできよう信長であるが、この男に触れるという
駆け引きは面白い。
触れようとすれば寸での処で逃れるのか、それとも魔王に食われるのか、
その身を貪ればどのような甘美な味がするのか。
「ならば喰ってみるか、魔王よ」
晒された喉元が麗しい。
艶めいた視線を寄越され、信長は曹丕を組敷いた。
「うぬには狐がおったのではなかったか」
狐とは三成のことである。
秀吉の部下、歯牙にも留めない相手ではあったが、
常に一緒に居る様子なので控えているかと思った。
「さて、な」
曹丕の返事に信長は意図を汲み取った。
成る程、この遊戯は曹丕が仕掛けたものらしい。
信長に自分を誘わせどうなるのか試しているのだ。

「うぬも性根が悪い男よ」
信長は酒をあおり、口に含ませ曹丕に
口移しで呑ませる。
曹丕は成されるままにそれを受け入れ信長に舌を絡ませた。
さてこのまま行為に傾れ込もうというところで
どたどたと廊下を走る音がした。
ガタンと大きな音を響かせ
開いた扉の先には噂をすればなんとやら、
三成である。
「曹丕!この配置の件だが!!」
控えていた小姓を振りきり三成が組敷かれている
曹丕の手をむんず、と掴んで立ち上がらせる。
失礼します、と勢いのままに叫ばれ
あ、と思った時には魅惑の肉体は信長の前から消えていた。

残された部屋には零れた酒と魔王が一人、
戦々恐々と云った様子で青ざめながら慌てて酒を拭く小姓を
一瞥し信長は聲をあげて笑った。

「成る程、確かに魔性、確かに傾国よ」
ハハハ、と聲を上げて笑い、
信長は小姓が手にした杯を奪い呑み干した。
あの男、油断ならない麗人は試したのだ。
三成が自分の元へ来て信長から奪うか、
それとも来ずに信長に流されてその後
三成がどう出るのか、
恐らくあの様子から見て色恋に青い様子の三成は
曹丕に怒る、だがそれでも曹丕を見限らない。
何せ悪いのは信長である。
曹丕に手を出した信長が悪であり、曹丕が
それに少し傷ついた様子でも見せれば
三成は曹丕に酷くはできない。
それを見透かした上で試したのだ。
どう転んでも曹丕には楽しい結果になる。

「なんとも、中てられたのは予か、」

此処までされるといっそ愉しい。
さて、次はどのような手であの魔性の男を落とそうか、
手練手管で攻めるも良し、力のままに奪うも良し、
それともあの男の望むままに絡めとられてやろうか、
それを想うと益々愉しい。
月を眺め信長は杯を傾けた。

http://zain.moo.jp/3h/