04.好きで好きでどうしようもないくらい、好きで。

無礼だ、と一蹴できればよかった。
男は不遜で、今まで会ったどんな者にも当てはまらない。
曹丕にとって初めての種類の人間であった。
この異界に世界が呑まれてから魏という国を保つ為に
曹丕が取った行動は恥に他ならない。
大国の魏が遠呂智に下ったのだ。
無論策も無しにそうしたのでは無い。
しかしそれを恥とし多くの武将は離れ、また散り散りに
なったのも事実だ。
それを承知で同盟を結んだのだし結果に異論は無い。
ただ予想外だったのは、曹丕の監視にと遣わされた
男だけだった。

曹丕の立場も何も関係なく
真っ直ぐに感情をぶつけてくる男の名を石田三成と云った。
「やめよ」
遠慮なく髪に触れる男の手を手酷く払う。
しかし三成は意に介した風もなく再び曹丕の髪に触れた。
「無礼な」
「何が無礼だ、括っているだけだろう」
三成は無遠慮に曹丕の髪に触れ、紐で一纏めにした。
髪の乱れには気付いていたが、あとで侍女にでもやらせればいいことで
今、軍議を終え、漸く一息吐けたところで誰かに触れられるなど
御免だった。そんな気分には到底なれない。
この異界になってからというもの、多くの側近から離され
妲己の策か遠呂智側から配されるのは若い兵卒ばかりだ。
気の抜ける場所は少なかった。
「綺麗な髪だな、手入れが行き届いている」
三成がさらり、と云う言葉に、曹丕は溜息を吐き
当然だ、と答えた。
曹丕は魏の王子である。王の子として恥ずかしくない
振舞いと装いが必要である。
故にそうであるのは曹丕にとっては当然のことだった。
くだらないことを、と思う。しかし三成は感心したように
丁寧に櫛を通すので、させるままにまかせた。
「いい加減私に構うのは止せ」
冷たく云えば三成は背後で「何故だ」と返した。
「監視ならばもう少し距離を置いても問題なかろう」
妲己の監視として寄越された男だ。
その知能の優秀さは認めよう、
確かにその才には目を瞠るものがある。
曹丕の知らない、三成達の世界の戦法や政治の方法の
仔細を訊ねるには重宝している。
この男とてそれなりに思惑があって遠呂智側に組しているのだ。
目的は曹丕と同じで遠呂智陣営の力を内から削ぐことであろう。
しかし、だからと云って三成と共謀するなど
曹丕には我慢ならない。
(このような、人の領域に無礼にも入ってくるような男・・・)
それが本音である。
三成は知らぬうちにいつのまにか曹丕の領域に入ってくる。
誰しも、今まで誰もが、曹丕を魏の王子として扱い、
恭しく頭を下げた。敵ですら、曹丕の価値を知っている。
しかし三成はそのようなことを全く介さない。
曹丕にとってそんな相手は三成が初めてであった。
(いつ裏切るともしれぬ)
焦れて曹丕が振り返ろうとしたところで三成が口を開いた。
「莫迦を云うな、曹丕、お前には俺が必要だろう」
「なん、だと?」
何を言い出すのかこの男、
「お前の側近は尽く妲己に奪われただろうに、俺がその代わりをしてやる」
自信たっぷりに云う男に今度こそ曹丕の中で何かが切れそうになる。
「いい加減に、」
振り返ったところで三成と視線が合う。
頬に手を添えられて曹丕はそれ以上動けなかった。
「だいたいお前、俺がいないと食事もろくに取らぬくせに」
「そのようなこと何故貴様に関係がある」
三成は笑い曹丕の頬を優しく撫ぜた。
そのまま自然に触れた唇に何も云えなかったのは何より自分だ。

「ほら、髪留めをつけるぞ」

前を向け、と云われて
そのまま再び髪に触れられる。
首筋に中てられた唇の感触に曹丕は眼を閉じ
息を漏らした。

「無礼な男だ」
「それでも」
と男は続ける。

「それでもお前にとって俺は必要だろう?」

おそらく最初に曹丕に惹かれたのは三成なのだ。
しかしその扱い難さ故に曹丕は三成を拒絶した。
だのにその三成の手を曹丕は離せない。
果たして絡め取られたのはどちらなのか、
(お前だ)
お前だけだと曹丕は叫びたい。
このような感情に翻弄されるなど我慢ならない。
けれども、思う。
その手の優しさに、その聲に潜ませた情熱に、
いつかその情熱に自分も飲み込まれるのかという
予感だけが曹丕の胸に響いた。

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