05:偽善者の恋

「この偽善者が!」
叫ばれる言葉に曹丕は笑みを浮かべた。
いっそ壮絶と云っていいほど美しい笑みだ。
『執政者』たる国家の番人として当然のことだ。
その嘲りも何もかも曹丕には当然のことだった。
生まれた時からそうであるように育てられ、
形を造られた、歪な愛情の中育った男には
いっそこの嘲りこそが相応しい。

国家が軍を拡張していけばいくほど
世間が右へ右へと走り、
その結果生まれたのが『執政者』を中心とした
軍事国家であり、その弾圧の元多くの者が
投獄され或いは無念の内に散っていた。
これが狂気でなくなんだと云うのか、と
曹丕は思う。
しかしそれに同情はしない、
同情ができない。
できないのは自分が『執政者』として
民を取り締まる側であり、
いつかこの国が内乱で転覆した時、
自分こそが罰せられる側だと知っているからだ。
このまま法のままに民を統治しても、
反乱で国家が消滅しても
「どう転んでも私は悪人だ」
しかしそれを変えようとは曹丕は思わない。
自分はそれが当然と育てられ、自分の栄光も
栄誉も何もかも皆、その犠牲の上に成り立っているのだと
曹丕は悟っている。

『お前はどうしようもない』
そう囁いた男を想い出す。
三成だ。
曹丕と同じくして育ち、
当然のように同じ歩みをし、
『執政者』として権威を振るった男。
しかしその末に、民意になびき、反乱を起こした男を
曹丕は思い出す。
いつものようにひっそりとした牢の奥に曹丕は立つ。
人払いをしたので辺りには誰もいない。

「また、偽善者とでも罵られたか」
「いつものことだ」
三成は笑い、薄く笑い、
身体を揺らした。
ジャラジャラと四肢を繋いだ鎖が揺れる。
「ならば早く俺の刑も執行するがいい、お前は執政者だ、
何も躊躇うこともあるまい」
この二ヶ月、曹丕は三成の刑の執行を延ばし続けた。
「後悔は、していないのだろうな・・・お前は」
三成が反乱を起こしたとの知らせが入った時
我が耳を目を疑った。
そんな馬鹿な、
お前が、
お前が裏切る筈などあるわけがないと、
しかし現実は無残に曹丕を裏切った。
三成は乱の首謀者としてこうして此処に繋がれている。
「お前こそ、後悔など無いのだろう、子桓」
懐かしい響きだ。
子桓と呼ぶ三成の聲が曹丕は好きだった。
「この国はもう終わりだ子桓、だが
お前はいつか自分が糾弾され、敗者として引き摺り出されても
構わないと思っている、お前のその様が目に浮かぶ」
「ならばそれをお前は彼岸で嗤うか」
曹丕が酷薄な笑みを貼り付け言葉を返せば三成は
否、と呟いた。
「否、俺はそんなお前が哀れで仕方無い」
曹丕は牢の檻を握りしめる。
「ならば何故私の元から去った」
三成はそっと目を細め曹丕を見た。
「そんな生き方しか選択できぬお前が哀れだった、
だからそれを変えれるのだと示してやりたかった」
「俺はいつもお前が眩しかったよ、哀れなほどに
真っ直ぐで自分を殺す生き方しか知らぬお前が愛しかった」
こんな結果になって済まなかった、と云う三成に
曹丕の唇が戦慄く。

「早く刑を執行しろ、子桓、このままではお前にも容疑が振りかかろう」
たまらず曹丕は背を向ける。
「世界の誰もがお前を赦さなくても俺はお前を赦すだろう
俺にとってお前は全てであり希望だった」
その言葉に曹丕は叫びたくなる。
それでもこの生き方しかできぬ自分を呪いたくなる。
「また来る」
漸くそれだけを云い残し曹丕は牢を立ち去った。
明日も明後日も曹丕は此処へ来るのだろう。
刑は執行されないまま、その書類にサインできぬまま
自分を裏切った憎くも愛しい男の前へ立つのだろう。
コツコツと堅い石畳を踏みしめる。
空は寒さを湛え透き通るように青い。
その青さに忍び寄るように、
近く来る身の破滅を想い、曹丕はそっと微笑んだ。

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