06:武士の恋

朝の仕事を兼ねた用を済ますと三成はまっすぐに
その茶屋へ向かった。
見た目より随分中の広い茶屋のニ階に用があるのだ。
茶屋の女に上を指さすと頷かれたので目当ての男が
居ることが知れる。
勝手知ったる階段をあがり、角部屋の襖を開ければ
男が一人座っていた。

「来ていたか」
三成が聲をかければ男は振り返り、
碁盤を指した。
「昨日の続きがまだだからな」
負けずきらいの男のことだ、そういうと
思って、上がってくる前に頼んでいた
酒と肴を廊下で受取り、三成は曹丕へ対局の
続きを促した。

「全く、お前も暇な男だな」
「お前に云われたくない」

曹丕の家は商家だ。
商家と云ってもただの商家では無い、
江戸、否、恐らく旗本ですら財を凌ぐと
云われているほどの大商人の家である。
そこの長子ともなれば忙しいだろうに、
昼間からこうして酒を仰ぎながら
遊びに興じている男である。
最も父子ともそうなのだというのだから、
それこそ商売を成功させる秘訣なのかもしれなかった。
三成から見れば酷く整った顔の男は
頭が良く、大抵のことは直ぐ理解する優秀な男だった。
三成の家とてそれなりの武家ではあるが、
曹丕の家の財には遠く及ばないだろう。
それに三成は養子だ。曹丕のように
花町で遊ぶというようなことは出来なかった。
義母には「もっと遊びを覚えて洒落た男になりなさい」
などと揶揄されるものだが、これは三成の性分である。
こうして曹丕とささやかな遊びをしている方が余程愉しい。

「父君の方はどうだ」
「嗚呼、お前のところから分けて貰った薬が効いたらしい、
今はぴんぴんしている」
曹丕の家は幅広く仕事をしている為薬種問屋も兼ねていた。
父の病の際に分けて貰った薬が効いたのか、長年の腰痛から
開放されて日々を謳歌している。
「俺に会えば直ぐ、やれ結婚しろ、嫁を取れと煩くてかなわん」
「はは、お前の歳だ、結婚してもおかしくはあるまい」
曹丕は碁盤に目を落としながら笑う。
そんな気のいい友人の言葉に三成はやや沈んだ。
「そうだがな、急いてかなわぬ、連日見合い話ばかりだ」
「ただでさえ子に恵まれず、お前を養子にしたのだ、
後継ぎは心配だろうに」
その通りだ。遠縁に当たる三成を養子にしたのも
そういった訳がある。子を為さねば家は潰れる。
三成とてその意味は充分理解していたが、
頷けなかった。いつかは必ず誰か良い娘と結婚して
子を為すだろう、そうしなければならないし、
そのつもりだ。
だが、今は頷けなかった。

「子桓、お前とて綺麗な奥方がいるのに、花町なんぞに
入り浸りおって、」
曹丕はその言葉に笑い、「あれとてそれを理解した上で
俺と添うたのだ」と自信たっぷりに云った。
そう、曹丕だ。
目の前の酷く麗しい友人が三成は好きだった。
もう随分前からだ。
十五、六の時に商談上の付き合いで出会ってからずっと
三成は曹丕に心奪われていた。
漸く友人らしい付き合いをし、曹丕も三成の前では
気を張らず気兼ねない付き合いができるようになった。
しかし三成はずっと曹丕を想っている。
この美しい友人を想っている。

「お前も早く良い女を娶るのだな」
機嫌が良さそうに酒を呷る曹丕に、
それが出来れば苦労はせぬ、と三成は小さく呟き
碁石を置いた。

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