10:アリスの恋

「おい、あまりうろうろするな」
聲をかけられた方向を見れば樹の上に黒いものが居た。
「曹丕か、」
三成が云えば、曹丕は首を振る。
「チェシャ猫だ」
長い尻尾に上品な耳、如何にも毛並みが良さそうな猫である。
頭の上に鎮座するふわふわとした耳を矢張り神経質そうに
曹丕は撫ぜた。
「三月兎が此処に居るのはおかしい、早く帽子屋のところへ帰れ」
くにゃりと歪んだ木々の合間に矢張り歪んだ建物が見える。
女王の城だ。曹丕は辺りを自由に行き来できるが他の者は
場所が限定されてしまうのがこの世界の厄介なところである。

「白兎など今か今かと入口で手をこまねいていたぞ」
「奴ならそうだろうな」
「ゲームが始まっても面倒だ、持ち場に戻れ三月兎」
「三成だ」
思わず三成がそう云えば、曹丕は顔を顰めた。
常に顰めているような気がするが、これでチェシャ猫が
務まるのかという不安がよぎる。
しかし最初からそうだと決まっているのでこればかりは
曹丕にも三成にもどうしようも無かった。
「お前は私のように移動能力はなかろう、始まって仕舞ったら事
だぞ、三月兎」
「ならばお前が送ってくれれば良かろうが」
曹丕の移動能力があればこの世界を渡るなど簡単なこと、
「そもそもお前が俺のところへ来ないから俺が出向く羽目になるのだ」

それを云えば曹丕の顔は益々渋面する。
「あのようなイカれた茶会など行けるか」
「では上品に貴様の好むような茶会を開けば来るというのか?」
そう云えば曹丕は少し考え、「まあ、行かなくもない」と
言葉を続ける。
三成は喜々として「では明日にでも開こう、左近に伝えておく」
「待て、誰も絶対行くとは云っていない、それに帽子屋だ、訂正しろ」
慌てる曹丕に手を伸ばし三成はそのしなやかな身体を引き寄せた。
ふわふわとした耳が心地良い。
思わず触れれば曹丕の身体がびくり、と揺れた。

「やめろ、三月兎!」
「三成だ」
耳元で囁くように息を吹きかけ、その柔らかそうな
黒い耳を食めば曹丕の身体から力が抜ける。
それを受け止め、三成は曹丕に口付けた。
「おい、やめろ、」
口付けの合間に憎らしいことを云う。
そのまま舌を絡ませれば曹丕が三成の胸を両手で打った。
「やめろ、仕事が、」
全く、恋人だと云うのになんとつれないこと!
「三成、、!」
漸く根負けして三成の名を呼んだ曹丕に
三成は微笑を浮かべ押し倒す。

「まあそう云うな、俺達のアリスはまだ来ない」

深い森から隠すように覆いかぶさり口付ける。
遠くからアリス、アリスと呼ぶ聲が響いても、
この歪んだ道にはまだ届かない。
此処には狂った兎と猫だけで、
いっそこのままアリスなど来なければいいと、
三成は呟き、曹丕を貪った。

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