12:歌姫の恋

歌姫の聲が聴こえる。
ルルル、と可憐な歌声は部屋に反響して
三成の眠る寝室に木霊した。
「・・・朝から早いことだ・・・」
のそりと置きあがると頭上の葉が揺れる。
植物園と揶揄される其処は三成の寝室であった。
この部屋の主役は生い茂る植物であり、人間や家具は
オプションにしか過ぎない。
酔狂と称されるが植物学者としての本望であると
三成は豪語していた。
「餌をやるから来い」
頭上に呼びかけるが何の音もしなかった。
「歌姫?」
歌姫と称されるのは鳥である。
友人から旅行の間だけ、と預かったのだが、
南国の鳥らしい美しい羽根に、珍しい透き通った
歌声の小鳥であった。
友人がその鳥に見惚れて、随分な代金を支払い、
歌姫と名付けて可愛がっているのだ。
南国の鳥らしく、テラスの方の温室が気に入ったのか
専ら温室で歌声を披露するのが日課となりつつあった。

「おい、何処だ?」
三成がシャツを羽織りながら植物の葉を避け
室内を捜索するが一行に歌姫の姿が見えない。
まさか、と思いテラスを見れば、僅かな隙間が開いて
いるではないか!
「仕舞った・・・!」
昨日テラスの花を移動させた時のままだ。
迂闊だった。季節柄、植物には影響が無いと油断していた。
歌姫の存在を忘れていたのだ。
「何処だ・・・!」
聲がしたということはまだ近くに居るのだろう、慌てて
外を見れば歌姫の聲が聴こえた。
「待ってろ、其処にいろよ!」
逃がしたら事である。あの気真面目な友人になんと云われるか、
何より給料二ヶ月分も(ローンで)注ぎ込んだというのだから
弁償などと云われたらたまらない。
大急ぎでアパートの階段を駆け降り、(このアパートは家賃が
安い分エレベーターなどという文明の利器は存在しない、
8階から駆け降りることになった)
通りの方へ向かう。
街灯の上に歌姫の姿を確認したが、直ぐに飛び去って仕舞った。
「待てと云うに!!」
その姿を追い、時折こけそうになりながらもなんとか三成は
歌姫を追いかけた。

「・・・確かこの辺りに・・・」
歌姫の姿は見えない。
あたりは静かな住宅街で、辺り一面に丁寧に手入れされた
花々が咲いていた。
ルルル、と透き通る聲が聴こえるので慌てて角を曲がれば
窓の空いた家から歌姫の聲がする。
誰の家なのか、とりあえず窓を閉めて貰って
捕獲せねばならない、三成が呼び鈴を押せば、
窓から人の姿が見えた。

( あ・・・ )
男だ。一瞬女かと思ったが、背格好から見て
男だろう、男は歌姫を肩に留らせて窓枠に手をかけた。
( なんと・・・ )
美しいと云う言葉は出ない。
それを超えた何かに言葉は呑まれる。
しかし、この一瞬で三成は全てを奪われた気がした。
「何用だ?」
茫然とする三成にかけられた聲に漸く我に返る。
「あ、ああ、その鳥なんだが・・・」
「鳥?ああ、こいつか?」
「俺の友人の鳥で今は俺が預かっているんだ、
窓を開けて仕舞って、逃がしてしまったのを
追いかけてきた、返して貰えぬだろうか?」
用件を述べると男は頷き、玄関の扉を指さした。
「開いている、入って来い」

云われるままに扉を開く、
ぎい、と鳴る扉は古く、重厚だ。
二階へと云われて、見ず知らずの家にあがる。
しん、とした静寂の中に歌姫の聲が響いた。
男が居るらしい部屋のドアをノックすれば
入れ、と返され、戸惑いながらもそのドアを開いた。
「凄いな・・・」
本の山だ。
部屋の至るところに本がある。
三成の部屋が植物園なら、この部屋は図書館である。
歌姫を見れば、男の傍らが気に入ったのか、
その背で歌声を披露していた。
「すまない、歌姫を・・・」
「歌姫?」
「鳥の名だ、綺麗な歌声だろう?」
そう云えば、男は頷き、そうだな、と歌姫の喉を撫ぜる。
それが気に入ったのか益々歌姫は男に身を寄せた。
「失礼した、俺は石田三成、しがない植物学者だ」
男は其処で三成を見た。
真っ直ぐな視線から三成は眼を逸らせない。
薄い青の瞳に息を呑んだ。
「私は曹子桓、窓を開けたら歌姫が舞込んで来た」
さながら、曹丕は歌姫の主のようである。
歌姫が主に歌を披露するように寄り添う様は
幻想的で美しい。
「すまなかった、テラスの窓を閉め忘れてな・・・」
「いや、愉しませて貰った」
曹丕が鳥を指に移し、三成に差し出す。
それを受け取ろうと三成が手を伸ばすが歌姫は曹丕から
離れ無いようだった。
「姫に気に入られたようだな」
困った、と三成がおどければ曹丕が微笑を浮かべた。
「それは光栄なことだ、どれ仕方無い」
曹丕は立ち上がり三成を促す。
「もう少しいいだろう、どうだ、三成、茶でも飲まぬか?」
その言葉に三成は頷き、そっと
歌姫が巡り合わせたこの出会いに感謝した。

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