13:数学教師の恋

この学校に赴任したのは臨時のことであって、
本来なら断る筈だった。
だが、小一時間も説得と愚痴に付き合わされて
結局、止むなくという形で曹丕は折れたのだ。
そもそも教員免許など、研究の過程で取得したもの
であって、自分にはそういったことは向かないと思っている。
しかし短期で、入院した教師が戻るまで、と
父伝手の知り合いに云われれば断りにくく、
結局この私学の教壇に立つことになった。

「石田、石田は居るか?」
曹丕が教室のドアを開き問えば、
いません、と云う返事が返ってきた。
半ばうんざりしながら、曹丕は教職を全うすべく
生徒を捜す。
「全く、いらぬ時には厭というほど居るというのに・・・」
止む無く呼び出しを、というところで
目当ての人物に行き当たった。
「お前、私の手伝いをするのではなかったか?」
云いだしたのは三成だ、
昼休みに手伝うと云った癖、肝心な時に捕まらないのだ、
これで怒るなという方が無理である。
「すまん、左近が弁当を届けに来たのでな」
ほれ、お前の分もあると出されたのお重である。
蓋を開けば食欲をそそる豪勢な中身で彩られていた。

「全く、お前の学校ならこの話受けるのでは無かった」
まあ、そう云うな、という三成は呑気に弁当と
お茶を啜っている。
「俺も叔父上が来るなどと思わなんだ」
三成と曹丕は親族である。
正確には曹丕の兄弟の子なのだが曹丕とは異母兄弟なので
遠縁だが、叔父には代わり無い。
常に引き籠りがちなこの叔父の身辺を何かと気に掛けるのが
甥の三成であった。
「早くその教師とやらが退院すれば良いのだ」
全く面倒だ、という曹丕は生来の几帳面な性格からして
仕事は全うする性質であるらしい、
回収した小テストの束をチェックしながら
箸を動かしていた。
三成はそんな曹丕の様子をぼんやり眺めながら
見目麗しい叔父の顔を見る。
「叔父上は目立つから不可ない」
「何だ?」
「否、こちらの話だ」
曹丕の容姿は酷く目立つ。
三成もそうだが、曹丕の方がずっと綺麗だと
幼い時分から想ってきた。
そんな叔父が教壇に立ったのだから
結果はいわずもがな、である。
曹丕への熱い視線を見る度に
三成はやきもきする。
小テストの採点を手伝いながら
三成はそっと叔父を盗み見た。

「今日は来なくていいぞ、父が食事にと呼びだしだ」
曹本家の当主である曹操のことだ。
いつもは三成が曹丕の家で食事の世話をしに
(曹丕は気難しい人柄であまり他人を寄せ付けないので
家政婦を雇うにも苦労した)
行っているが、今日は曹操との会合らしかった。
それに頷き、三成はその長い指に手を伸ばす。
「では今貰っておく」
そっと唇を寄せれば、曹丕は一瞬驚いて
目を見開き、そして目を閉じ舌を絡ませた。

「此処ではやめろ」
数学の準備室だ。
三成は笑い、ではまた授業で、と予鈴と共に
出て行った。
曹丕はその背を見つめそっと息を吐く。
「全く、だからこの学校は嫌だったんだ」

教師と生徒、叔父と甥、
どちらにせよ、こんな関係
「ろくでもない」
唇に残るその暖かさに目を閉じ、
曹丕はかぶりを振って空を見た。
空は青く、秋空を映し出す。

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