18:泣き虫の恋

曹丕という男のどうしようも無さを
わかっていた。
わかっているのにそれを責めることも、
まして慰めることもできずに
もう何年も経ってしまった。

曹丕の家は複雑で、
ヤクザの親父から逃げるように
三成の家に転がり込んできた。
曹丕の母が死んで五日後の話だった。
そのまま三成の家に居着くようになったけれど、
何のことは無い、うちもヤクザだ。
曹丕の親父は界隈でも有名な男で、
他に何人も子供を作って気が向けば
可愛がる。お金を置いていく。
最初は他の子供みたいに曹丕もそうだった。
曹丕も他の子供の一人だった。
けれども上の半分しか血の繋がらない長男が
死んだら、次は曹丕だ。
曹丕はその日から他の子供とは違うようになった。
跡目としての役目を押し付けられる。
勝手にそうなるようにして大人の身勝手で曹丕を
振り回す。
時々暴力があったりして、身体に
変な跡が残ったりして、ぶっちゃけ犯られたりもして、
やりきれなくなった曹丕の家の男が曹丕を連れて
伝手を頼って三成の家に預けた。
それが曹丕と三成の始まりだ。
それから何度となく曹丕の所在について
曹丕の親父と遣り取りがあったけれど
今のところ曹丕はまだ三成の家に居る。
近々、面倒なことになりそうだと左近が
云っていたけれど、どうなるかなんてわからない。

( 子桓は多分どちらでもいいのだ )
あいつはこれっぽっちもそんな自分のことを
嘆いてなんかいない。
周りが勝手に哀れんでこうなっただけだ。
それだけのことで、曹丕にとって三成の家に
居ようが、ろくでなしの親父のところに戻されようが
どうでもいいのだ。

( 初めて遭った時人形みたいだと思った )
人形みたいに顔色ひとつ変えない子供だった。
今は昔と違って三成にも色んな表情をみせるように
なったけれど、人形みたいに綺麗なのは
高校にあがった今でも変わらない。
他人を寄せ付けずただ、そこに佇む静謐の
美しさを三成は曹丕に逢って初めて知った。

( 顔色ひとつ変えずにいつも )
どんなことでも何でも無いように振舞って、
時々、本当に時々、曹家の人間と、
或いはろくでなしの親父に会って、会わされて、
何が起こっているかなんて考えたくも無いことが
あって、それでも曹丕はなんでも無いように
夜中に、或いは朝に三成の部屋へ帰って来て
「ただいま」と云う。
俺はそれをただ受け止めて「おかえり」と
云うのだ。

( いつまで、こんな・・・ )
ことを続けるのか、こんな莫迦なことがいつまで
続くのか、ウチみたいなところが口出ししたら
今度こそ曹丕は手の届かないところへ追いやられて
仕舞うから、それだけは云えなくて、
ただ曹丕が、何も口には出さず、辛いとも
悲しいとも言葉にはせず、
きっと曹丕はろくでなしの親父や、血の半分しか
繋がらない家族にとても優しくて、何より
逆らうことなんでできなくて、
それでも時折、三成の家に居れて良かったと
ぽつりと漏らすその様がどうしようも無く切なくて、

「今日は雨だ」
「噫」
傍らの曹丕が畳に寝転んで背を向ける。
「だから、何処にも出掛けるなよ」
出掛けたら屹度、お前はまたあそこから逃げられなくて、
それがお前の優しさなのか、孤独なのか、
俺がその孤独と寂しさの全部お前の為に
埋めてやりたいと願う。
曹丕はそっと頷き、
傍らの三成に手を触れた。
俺はその手を握りしめ祈るように目を閉じる。
そして想うのだ。

やさしく、ともすれば旋律のようにしとしとと降る春の雨、
この雨は泣けないお前の為の雨なのだと。

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