20:ボディガードの恋

曹丕とのベッドは
大抵それで終わる。
「・・・くぁっ」
短く呻いた曹丕が堪え切れず吐き出した。
それを口で受け止めて、口端を舐める。
含んだそれは飲みこまずに床に吐き捨てた。
そのまま曹丕の内股に押し入るようにその白い
身体を組み敷けば、曹丕がくぐもった聲をあげる。
「此処までか」
今日も。
「駄目だ」と小さく曹丕が呟やき、
もう寝ると、三成を押しやって曹丕はシーツに
身を包むように目を閉じた。

曹丕は政府の要人で、
三成はそのボディーガードだ。
四六時中張り付いて、プライベートも何もかも
張り付いて、護る。
三成以外にも勿論ボディーガードは居る。
扉を開ければ左近を筆頭に何人も待機しているだろう。
けれども部屋の中に居るのは曹丕と三成だけだった。
曹丕は三成だけ部屋に入るのを赦した。
赦すくせに、男同士でこんな莫迦な慰め合いをするくせ、
いつも途中で止めてしまう。
最初は曹丕の気紛れかと思った。
しかしいつもだ。
この関係になってからいつもそうだった。
在る日酷く憔悴した様子で、
飲んだくれた曹丕に部屋に来いと云われた。
そのまま傾れ込むように身体に触れた。
ずっと三成が曹丕を見ていたのを、その意味を知って
曹丕は誘ったのだ。
けれども曹丕はあの夜泣きそうな顔で、
どうしようも無く傷ついた様子で、
酷い顔をして三成に手を伸ばした。
それが居たたまれなくて、最後までできなかった。
いっそあの時に勢いのまま、やってしまえばよかったのだと
今になって少し後悔をしている。
どうせ、三成の想いなど報われることは無いのだ。
そんなことは百も承知だった。
こんな生殺しみたいなことをされるより
一度だけ、たった一度だけ最後までした方が後腐れがなくて
良かったのかもしれない。
( あの日は・・・ )
曹丕の父、曹操が死んだ日だった。

曹丕はいつも目を伏せる。
三成が触れると、目を伏せる。
それが酷く苛立って、叫びたくなる。
決して三成を見ようとしない。
誰を想っているのかなんて直ぐわかる。
いつまでも、いつまでも死んだ父親の亡霊に
捕らわれて、そんなだからお前はだんだん手の端から
色んなものを零していって、自棄になっているのだと
したらいい加減立ち直ってもいい頃なのに、
曹丕はそうして密やかに、誰にも漏らすことなく
心を殺して逝ってしまう。
ならば三成はなんなのか、曹丕を見守り続ける三成は
一体なんなのか、
お前にとって俺は何なのか、と叫びたい。
けれどもそれを云えないのは曹丕から離れられない弱さだった。
三成は時間をかけてゆっくり崩れていく曹丕の心を
掻き集める。必死で、必死で両手一杯に掻き集めて、
お前にはまだこれだけ残っているんだ、
お前にはまだこんな優しいものが残っているのだと
叫んだその日、曹丕は、は、としたように三成を見た。

その夜、昂った全てを曹丕にぶつけて、
厭だとか、止めろとかそんな慄える言葉を押しのけて
最後までやって、終わってみれば
ああ、とか、うん、とか煮え切らない切ない何かと、
ベッドサイドに酒と煙草、
曹丕が一本を口に運んで、三成が火を点ける。
ゆっくり、口に含ませてから曹丕はそっと呟いた。
「お前はどうする」
「こうなってはボディガードは首か」
当然だ。曹丕が誘ったのでは無い、三成が襲ったのだ。
曹丕は視線を三成に真っ直ぐ向けて、そうだな、と答えた。
「かまわんさ、俺はお前を護っていく、これからもずっと」
煙草の灰がすっかり落ちる頃、曹丕は三成に手を伸ばした。
「子桓だ、家族や親しいものにはそう呼ばれる」

「俺には他に何も望むべくも無い、子桓」

口付けはほんのり苦く、そして思いがけない甘さを
含んで互いを融かす。

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