24:幼馴染の恋

曹丕と三成は幼馴染だ。
幼いころから当たり前のように傍に居た。
家柄こそ違えど、物心ついた頃からずっと一緒だった。
それは十七になった今でも変わらない。
「子桓」
呼ばれて顔をあげれば三成だ。
いつものように曹丕を迎えに来る。
学校への道すがら沢山の話をする。
考査のこと、授業のこと、この間貸した本のこと、
他愛も無い話ばかり、
けれども曹丕はその瞬間が一番好きだった。
三成の穏やかで、はきはきとした聲が
良く響く、その音にそっと耳を澄まし
目を閉じる。朝の静かな道に鳥の鳴き聲の
合間に、新緑の蔦が這う家の端々に
三成の聲が響く瞬間が曹丕にとって
何より得難いものだった。

三成は曹丕にとって特別だ。
幼馴染で、友人らしい友人がいない曹丕には大事な存在だった。
三成もそうだった、元々他人を寄せ付けないのか、
頑なに頑固な態度で突っぱねて仕舞いがちだ。
それでも曹丕よりはずっと友人と呼べる存在が居る。
けれども曹丕にとって三成だけだった。
三成だけが幼い頃から曹丕の特別だった。
この頃想う。
この特別が何なのか、
ずっと考えていた。
幼い頃から曹家の跡取りとして厳しく育てられた。
独りだった。
独り庭に佇んでいた曹丕に父の命令だったのか
或る日三成の養父が三成を連れてきた。
其処から自然に曹丕と三成は互いに互いしか
いないかのように二人だった。
いつもふたり、
三成を知ってから曹丕は独りを嫌った。
それが子供じみたことだと幼いながらに
わかっていたからこそ決して口にはしなかった。
だから「まだ帰りたく無い」と駄々を捏ねるのは
いつも三成の役目だった。
曹丕の胸の内など見透かしたかのように、
傍にいると微笑んだあの子供の顔が忘れられない。
それから十数年が過ぎた今でも、それは曹丕にとって
変わらない不変のものであった。

「今日は帰りに本屋へ寄ってくれるか、雑誌が欲しいんだ」
噫、と頷く。三成は他の友人と遊ぶより
曹丕と居ることを優先させる。
曹丕と三成は幼馴染でいつも一緒。
周りがそう理解するのに時間はかからなかった。
( これが恋愛感情だと知ったのはいつからだろうか )
不意に想う。
三成への想いが友へのものでは無いと気付いた時
曹丕は絶望的な気持ちに駆られた。
気の良い友人の振りをして、
幼馴染に甘えている振りをして、
その実俺はお前を愛しているなどと云える筈も無く、
もうずっと曹丕は三成にそれを云えないまま、
裏切りにも似た心地で友人の振りをする。

堪え切れず立ち止まる。
時々全てを壊してしまいたくなる。
三成に、お前の傍らに居る男は
お前が思うような男では無いのだと叫びたくなる。
「どうした?」
三成が振り返る。
決まっているかのように曹丕にその手を差し伸べる。
「三成、」
何もかも壊したくなる。
三成を遠ざけていっそ何もかも失えば楽になるのかと、
身を焦がす想いに曹丕は笑いたくなる。
ぎゅ、と三成の肩を掴む。
絞り出すように「好きだ」と囁けば
三成は笑った。
「俺もお前が好きだ」
くしゃ、と曹丕の髪を撫ぜて、
曹丕の手を引き歩きだす。
その手に引かれるまま三成の後に続き、
曹丕は想う。
いつものことだ。
わかっているのかわかっていないのか、
ただ一つはっきりしていることがある。

此処にはどうしようも無い想いが横たわる。
埋まることのない平行線の世界がある。
曹丕の想いと三成の答え、いつもの問答。

「お前は何もわかっていない」
「わかってるさ」
「わかるものか」

そう呟いて曹丕はさっさと歩きだす。
後ろから追いかけてくる三成もまたいつものことだ。
それを背中に感じながら絶望的な心地に呑まれる。
( 早く終わればいい )
はやく、終わってしまえばいい、
きっともっと簡単になる。
真実を悟った時三成が曹丕から離れ遠のいていく、
( それでいい )
( そうすればこんな苦しい想いなど二度とはすまい )


好きだ、好きだ、好きだ、だって同じ言葉なのにこれほどに遠い。

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