25:恋人達の恋

昼間だというのに暗く、しんとした廊下だ。
辺りは明るいのに、この奥まった離れだけは
まるで世界から切り離されたように
静かで冷たかった。
コツ、コツと床を叩く音がする。
それは自身に足音であって、
その音だけが響く様は厳かであった。
その離れの庭のさらに奥に東屋がある。

「曹丕」
聲をかければ男が顔をあげた。
曹子桓、魏の王太子である男。
この異界になって出逢った男である。
三成の様子をちらりと確認した後すぐに曹丕は
手元の書へと視線を戻す。
報告にと持ってきた書を三成は黙って傍らに置き、
卓上にある申し訳程度に置かれた茶器から
すっかり冷えた茶を注いで一口飲んだ。

じ、と曹丕を見つめる。
視線には慣れているのか曹丕は
まるで気にした様子は無い。
三成であったら咄嗟に顔をあげ相手を睨むような
不躾な視線であったとしても曹丕は
その視線に気付いて無い振りをして振舞う。
それが王者を継ぐ者として当然の気品であるかのように
他者の存在を警戒している癖気付いていないと振舞うのだ。
曹丕のそんな振舞いを観察するように
三成は見つめた。
曹丕に心奪われてからどれほどになるのか、
自分が信じられないような行動ばかりを
起こしている気がする。
単純に曹丕自身の危うい生き方が心配だったのも
あるが、それ以上に曹丕は三成を惹きつけてやまない、
一度身体を知って仕舞えば尚のこと、
麻薬のように甘美な身体に飲まれるように溺れた。
一時の溺れならいい、しかし曹丕は目を離すと
直ぐ、何処かへ流れて仕舞う。
故に三成は曹丕を繋ぎとめておくという苦労を
思い知ることになった。
それでも今のところ曹丕が三成を拒む様子は
見られないので好かれているということなのだろうと
判断する。曹丕は無駄を嫌う男だ。
どちらかというと戦というより三成も曹丕も
政の方が余程向いているしそういう意味でも馬が合った。

ふ、と視界の曹丕が身じろぐ、
陽が昇って来て、少し温度があがったのか
煩わしそうに喉を逸らした。
その仕草に三成は釘付けになる。
( お前は )
白い喉が露わになってさらさらと長い髪が
三成の前で零れた。
たまらない、
警戒する、誘う、それこそが巧みに人を虜にする。
わざとなのか天然なのか、どちらにせよ、恐ろしい。
その甘美な誘惑に抗うことなど三成にはできはしないのだ。
がっつくように曹丕に口付ければ
待っていたように曹丕は哂った。
「態とか」
「不躾な視線を寄越すからだ、無礼者め」
三成を見つめる薄い色の瞳は美しい。
「それで誘うか、とんだあばずれだ」
「乗る方が愚かだ、三成よ」
口付けを激しくすれば、がら、と音を立てて
書簡が落ちた。
それに気遣うことも無く、互いを貪り合う。
「それとも俺に飢えていたか」
「莫迦なことを、」
しかし、と曹丕は言葉を繋げる。
「ここは離れで、人は来ない」
悪戯の成功した子供のように口端を綺麗に歪めて見せた。

三成は一瞬呆れ、それから観念したように奔る欲情に身を任せた。
「成る程、密会するには完璧だ」
「だろう?」
揶揄ように紡ぐ言葉を三成は己の口で呑みこんだ。
絡む舌は甘く甘く互いを融かす、
氷のように佇む男が熱に浮かされる様に深く溺れるように、
いつかこの熱に氷が溶けて自分に交わることを望みながら
深く口付けた。

http://zain.moo.jp/3h/