01:双子/ドッペルゲンガー

三成と曹丕は双子だ。
似ていない、似ていない、と再三周りに揶揄されたもので、
髪の色もどちらかと云えば三成は薄いし、背も曹丕の方が
少し高い、二卵性双生児なので仕方ないといえばそうだが、
三成にしてみれば、多少不満はある。
一時などは、あまりの似ていなさに、生まれた時取り違えでも
されたのではないかと疑ったほどだが、遺伝上、曹丕と三成は
間違いなく双子であった。

「曹丕、お前、この間の試験フケたな」
「バレたか」
しれ、と云い放つのは似ていない双子の片割れである。
どちらが兄か、弟か、という議論は兄弟の間で生まれてから散々
行われているが、未だ以って解決には至っていなかった。
「何故か俺に連絡が来るのだよ」
うんざりしながら吐き捨てるように云うと、其処で曹丕がにやりと口端をあげた。
暗に片割れなのだから当然だ、と雄弁に視線が語っている。
三成と曹丕は家庭環境が複雑だ。
二人の父が幼くして他界した後に母は離婚、再婚を繰り返し、
曹丕は二番目の父親の子として離婚をした際に引き取られ、
三成は母と共に三番目の父に養育されている。
それもこれも二番目の父親である曹操が曹丕を跡目にと決めたからだ。
故に曹丕は曹家に、三成は石田の姓となり、これで本当に双子と云っても
母や近しいひと以外誰も信じてはくれない有様である。
大人の事情であるからして兄弟別々に、というのはいいとして、
ならばせめて学校だけでも、と同じ高校へ通うと決めた。
曹家にも顔を出すこともあるが、司馬懿という曹丕の教育係がなにかと
煩いので学校で用を済ますことが多かった。

「何か催しでもあったか?」
曹丕は曹家の跡取りとして行事の折などは休むことが多い。
「いや…」
曹丕にしては珍しく思巡するような物言いだったので、
三成が顔を顰めると、軽く手をあげた。
「たいしたことでは無い」
「サボるというのをしてみたくなった」
忙しいのだろう、本当は学校へ来るのも大変な筈だ。
事実、曹家と進学の際に揉めたと聴く。結局曹丕が自分を通して
三成と同じ学校へ進学した。その代わり、曹家の跡取りとして
きちんとした教育を受けると約束したのだ。故に曹丕は大変に多忙であった。
けれども曹丕は可能な限り通学した。
三成に会う為だ。
この双子の片割れはその冷たい外見からは想像もつかないほど、甘えたがりだ。
片割れである三成が傍に居れば曹丕は安堵できる。
常に神経を尖らせていなければならない日常の中で三成だけが曹丕の居場所であった。
そんな曹丕を見て三成はこの不器用な片割れを抱きしめたくなった。
衝動のままに額を寄せてそっと抱き締める。
曹丕は三成の腕の中で息を吐いた。
「存外に退屈だった」
サボるのが、と曹丕が云うので三成は思わず笑った。
「莫迦だな、俺を誘えばよかったのだ」
「しかしお前には大事だろう」
三成は曹丕と違い、お家などと大層なものは無い。
故にせめて将来曹丕に近い位置に立とうと、学業は疎かにできなかった。
「何、試験程度でこの俺の価値が下がろう筈も無い」
そう云えば曹丕はにやりと笑った。
「二人で怒られるのも悪くないか」
教師に呼び出される自分と曹丕を想像して三成も笑った。

この双子の片割れが三成は愛しくてたまらない。
幼いあの頃のように無邪気にただ共にあれれば良い、という幻想は
過ぎ去った。そして想う、外見はまるで似ていないのに中身は同じなのだ。
互いに互いを求め、ゆるやかな膜の中で呼吸しているような錯覚に襲われる。
三成がそうであるように曹丕もそうなのだろう、
曹丕は三成の腕で浅く呼吸を吐いた。
このままでは不可ない、
いつか何かが駄目になる。
そう思うのに腕の中の片割れを離せない。
いっそ世界に二人だけであれば、または双子ではなく最初から独りであれば
そう思わなかったのだろうか、しかし三成は曹丕であり曹丕は三成であった。
この片割れを失ったら自分は生きていけるだろうか、
曹丕の顔に手を添え、三成は想う。

否、おそらく、それは水を失った魚のように死んで逝くのだろう。
そっと唇を寄せれば曹丕はいよいよ口端上げ、三成を受け入れた。

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