07:いとこ

「左近、三成は居るか?」
聲をかけてきたのは曹丕だ。門前で車を洗っていた左近は顔を上げた。
「本家の坊ちゃん」
うちの坊ちゃんなら中に、と左近が云えば、
曹丕は頷き、慣れた様子で門を潜った。
母屋にあがらず、そのまま庭を抜け、離れに入ったところで
探していた相手に行き当たる。

「早かったな」
三成が曹丕の姿を視界に認めて庭に降りた。
「予定より早く終わってな」
「いつもの煩いのはどうした?」
揶揄うように三成が云えば曹丕は口端を僅かに歪めた。
「仲達か」
「あれは置いてきた。あれが居てはゆっくりもできない」
「道理だ」

三成と曹丕は従兄弟同士である。
曹本家と分家の三成では違いがあったが、幼い頃より
ずっと一緒に育ってきた。
何せ曹本家の方針で親族は皆同じ学校と決まっているので
学校も小、中、高と一緒だ。この分だと大学まで同じで
間違いないだろう。
しかし同じ学校と云えども、曹丕は多忙だ。
何かとすれ違うこともあるので、学校でのノートを貸すついでに
二人して過ごすことも多かった。
「少し痩せたか」
最近ではゆっくり会う機会も少なかったから気付かなかったが
曹丕は痩せたように見える。
「お前に云われたくは無い」
きっぱりと云い放つ曹丕に苦笑しつつ、三成はノートを写す
曹丕を見る。
曹丕も三成も他人に理解され難い性質であったが、
それ故に互いを一番理解していると思っている。
常に近い位置で物事を見、考え、行動する。
皆まで説明せずとも言葉を汲んでくれる従兄弟の方が
互いに居心地がいいのは当然のことだ。
幼い頃からそれが当然であったし、あまりに自然なことなので
意識したことも無かった。
だが、最近三成は思う。
曹丕をもっと自分の物にしたらどうなるのだろうと、
それは蠱惑的な誘惑であった。
曹丕は美しい、三成も充分そう称される人間であったが、
自分のことなどどうでもいい。鏡を常に見るわけでは無いのだ。
その上自分の顔が別に好みでもあるまいし。
しかし曹丕の美しさは別だ。幼少の頃から変わらない。
否、この頃は益々美しさが引き立つようだった。
冷たい双眸に、整った顔立ち、繊細で計算され尽くした優美な仕草には
眩暈を覚える。

「曹丕、ひとつ試してみたいことがある」
曹丕はノートを取る手を止め、三成を見た。
「何だ?三成」
答えを云う前に行動で示してみた。
偶には誘惑に負けるのも悪くない。
この程度でこの従兄弟との関係が崩れるとは微塵も思わない。
口付けを交わして、その唇に舌を這わせた。
想像通り曹丕の唇は甘美な甘さを含んで三成の烈情を煽る。
「お前はもう少し聡明な男だと思っていたのだがな」
曹丕は口に哂いを含ませ、三成を見つめた。
「お前こそ、拒むなどしてみたらどうだ?」
三成は曹丕を押し倒した。
服を弄り始めても曹丕は止めない。
「欲望に身を任せるのは若さか」
三成を煽るように見つめる従兄弟は卑怯だ。
いつも三成が行動を起こすのを、じっと待っている節がある。
その卑怯な様が三成は憎らしい。
憎らしさと愛しさを従兄弟に覚えて三成は目が眩む。
「若さ故の暴挙も悪くなかろう?」
曹丕は眼を閉じ今度こそ聲高らかに笑った。
「道理だ」

後は二人、縺れながらじゃれ合うように互いを啄み、
左近が呼びに来るまで互いを貪り遊んだ。

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