11:恋人

曹丕との付き合いはもう三年にもなる。
三年の内に同棲して、互いに適度な距離を保ちながら
付き合って来たつもりだった。
三成も曹丕もスマートな恋愛を好む。
互いに思う処があったとしても億尾も出さずにやってきた。
それが曹丕のスタンスであったし三成のスタンスでもあった。

「潮時か・・・」
三成はペットボトルに入った水を一口、二口と飲んだ。
別れよう、と云い出したのは三成だ。
上手くいっていた。上手い付き合い方で三年も続いた。
互いの思考を想えばずっと上手く行く筈だった。
けれども何かが瓦解していく、僅かな隙間に出来た綻びから
ぽろぽろと崩れて砂になるように三成と曹丕の関係は歪んでいった。

出逢いは仕事先だった。
名刺を交換して、互いの仕事の担当が同じで、
まるで決まっていたかのように曹丕と付き合いだした。
曹丕は三成から見て魅力的な男だった。
漆黒の髪は美しく、その眼差しも聲も身体も、仕草でさえ
夜も朝も昼もその存在を忘れたことなど一度も無い。
出逢ってからずっと、三成は曹丕を愛している。
曹丕も同じだった。想いは加速し、深くなる。
互いの愛が徐々に互いを動けなくする。
息苦しくなる。時折苦し気に三成の視線を外す曹丕に
三成の胸は鷲掴みにされた気がした。
瓦解していく、
曹丕ときちんと視線を合わさないようになったのは
それからだ。

「出て行くのか」
ドア越しに曹丕の聲がする。
帰って来て廊下にあったダンボールに気付いたのだろう。
「ああ」
三成は黙ってその場に座り込んだ。
曹丕はこの扉を開かないだろう。
臆病で、傷つきやすい恋人はこの扉を決して開けない。
行くな、とさえ云えない曹丕が愛しい。
「俺はお前を愛しているよ」
「三成・・・」
曹丕の苦しそうな聲が心地良い。
このまま二人死んでしまえば楽なのか、
それともお前をこの腕に閉じ込めて何者にも触れさせなければ満足なのか、
曹丕の何もかもを奪えば満たされるのか、
( 否、)
急に頭が冷えていく感じがする。
( それは曹丕では無い )
三成が愛する曹丕の姿では無い。
身の内にある葛藤に三成は息苦しくなる。
( 俺が居てはいつかお前を壊すのだろう )
三成は立ち上がる。
それでも尚お前を縛りたいという我が身に嫌悪すら覚える。

始まりはただ美しかった。
静かに始まった想いは優しかった。
忘れないで欲しい、
( 俺はいつまでもお前が愛しい )
いつかの春、日差しの下で微笑んだお前のままに、
他愛も無い会話で静かに微笑むお前だけが愛しい。

「いつまでも愛している」

言葉の重さに弾かれたようにドアが揺れた。
それでも三成も曹丕もこの扉を開かない。
嗚咽のような聲がドア越しに聴こえた。
三成はその聲を愛しげに聴き届ける。
何もかも忘れないように、いつまでもお前を覚えていられるように、
次に曹丕に触れたなら三成はきっと曹丕を壊して仕舞うのだろう、
浅い確信じみた昏い願望を想う。
いつまでも美しいお前でいてほしい、お前を壊してしまいたい。
果たしてどちらが本当の望みなのかさえもう三成にはわからなかった。

ただわかるのは、三成は今日この部屋を出て行く、
曹丕を置いてこの部屋を出て行く。

( こうすればお前は一生俺を忘れないのだろう、曹丕 )

そんな三成を酷い男だと罵れない曹丕の想いもまた深い。
互いの想いを思って三成は愛しげに眼を細めた。
手にしたペットボトルをゴミ箱に捨て、三成は曹丕に別れを告げた。

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