18:依頼人

奇妙な依頼人だった。
三成の開いた探偵事務所は流行らずとも潰れず、という
程度の事務所であったが、其処に滅多に来ない上客が現れた。
話の前に目の前に大きな鞄を置き、中から数えたことも無いような
額の札が見える。
男の名は曹丕と云った。
「で、依頼内容は?」
「ある男を捜して欲しい」
曹丕は三成の目の前で優雅に足を組んだ。
これではどちらが事務所の人間かさえわからない、
それほどに曹丕はこの何処か浮いた事務所に奇妙に馴染んだ。
「どのような男だ」
世間ではやれ、近代化だ、文学だ、と騒がしい御時世だ。
身成りからしてどこぞの華族か成金であろうか、
探るように男を見れば、男は珈琲をゆっくり啜った。
その飲み干す喉を食い入る様に見つめても男は何も云わない。
少しの沈黙の後に男は答えた。
「何時も、何時も、私が追っている。私が先に生まれ死んでしまうので
遭わない時もあった」
何の話だ、と問おうにも何処を問うていいのかさえ検討が付かない。
居心地が悪い、しかし三成は目の前の美しい男から目が離せない。
「その男は出会う筈のない場所で出会った。あれがいつなのかは私にもわからない」
だが、と男は言葉を切った。
「もう一度逢おうと別れに約束をしたのに、一向に奴は現れなんだ」
少し寂しそうな笑みを見せる。
その顔を見て、三成は、は、としたように揺れた。
今すぐ抱きしめてやりたい、否、抱き締めなければいけないような気になる。
何故だ、と問われてもわからない、身の内から溢れる衝動に理由などつけられようか。


不意に思い出す。
いつも見る夢がある。
夢の中で三成はある男と話す。
男は孤独で、ただ淡々と独り道を逝く。
その様があまりに哀しいので三成は何もかもかなぐり捨てて手を伸ばしたくなる。

( ・・・丕・・・ )

あれは誰だったか、ただいつも名残惜しむように三成に微笑むのだ。
その姿に三成は、どうにかその名を叫ぼうとする。
しかし夢はいつも其処で掻き消える。
触れる瞬間にその男は掻き消える。
夢か幻なのだと、いつも目が覚めて失望する自分が居た。
ただ涙だけが本物であった。


三成は改めて目の前の男を見た。
男は少し困ったように優しげに微笑んだ。
その儚い笑みを三成は知っている。
遠い昔、何処かで見た。
夢現の世界で確かに在った、何より愛しい笑みだった。
それは争いの中であったり、或いは静寂の支配する書室であったりした。
その中に佇む男を三成は知っている。

( 俺は、お前を知っている )

確信にも似た感覚に三成は曹丕を見つめる。
曹丕から目が離せない。
まるで乾いた砂漠に水が染みるように満たされていく。

「私はずっと待った」
曹丕がゆっくり口を開いた。
三成を真っ直ぐに見つめるその眼はいつか見た薄い青だ。

「待ったのだ、三成よ」
手を伸ばし、触れれば一気に蘇る。
あの懐かしい匂いも、切なさも、この身を焦がす想いでさえ、
聲を絞り出すように三成は曹丕に囁いた。
「すまなかった」
溢れだした涙はどちらのものなのか、
互いの手を離すまいと掴む、湧きあがる歓喜に、
身体が慄える。

「お前は変わらず美しい」

そう囁けば漸く、その奇妙な依頼人が、三成の元で美しく笑った。

何度異なる生を繰り返しても必ず貴方に帰結する。

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