20:大切な人

差しのべた手を拒む。
その男はいつも伸ばした手を拒んだ。
三成はその度に傷ついた顔をする男に胸が苦しくなった。
拒む癖に傷ついた顔をする男がたまらなく悲しかった。

曹丕は孤独だ。
常に先を見、その明晰な頭脳で答えを出して仕舞う。
それ故に他を必要としない。
( まるで完成された人形だ )
事実人形のように曹丕は美しい。
曹家の者が曹丕を人形だと嘲っていた言葉が遠い宴に聴こえて
相手が誰かと知らず睨みつけたこともあった。
当たり前のように父の前に座らされる曹丕の生き方は
何もかもを殺しているようにも見える。
( 本当にただの人形であれば楽だったか )
いつだったか冬椿の咲く庭で曹丕がそう呟いたのを耳にした。
覇道を歩むように造られ、それ以外の生き方を知らぬ曹丕が
三成は愛しい。

孤独故に育まれる切ない美しさに魅かれたのは仕方の無いことだった。
触れれば折れる花のように、腫れものを触るように、或いは、
歪んだ愛情を向けて育てるように、魏を継ぐ為に育てられた皇子は
常に独りだ。
三成はその曹丕の苦渋がわかる気がする。
自分も生来不器用で人と上手く関係を築けない。
しかし曹丕のそれは三成のものとはもっと質が違った。
覇道を歩むものとして常に凛と立つ為に曹丕はどれだけのものを
犠牲にしたのだろうかと考える。
犠牲にしたものの多さに曹丕は気付いているのだろうか、
時折、三成にだけ縋るように漏らす吐息を聴く度、三成は曹丕を
攫いたい気持ちになる。
この腕に閉じ込めて、三成の持てる全てのものを見せてやりたい。
支えて、此処は安全なのだと、曝け出して良いのだと伝えてやりたい。
しかし曹丕はそうして手を伸ばす三成をいつも拒んだ。
ある時は激昂して手を払い、ある時は切な気に、苦しそうに
その手を拒む。

「何故これほどお前に魅かれるのか」
「私の知ったことでは無い」
つれなく云う男はいつもの無表情で、影だけが灯に揺れた。
「お前が頭から離れない」
「浮ついた頭で結構なことだ」
淡々とされる言葉の応酬も常のことだった。
「俺はお前がいとしい、そろそろ答えを聴かせてくれまいか」
「それがどうした、私には何の関係も無いことだ」
「お前が何よりも大切なのだよ、曹丕」

瞬間、曹丕の肩が強張った。
それ以上聞きたく無いとばかりに唇を咬む。
( それが・・・ )
それが答えだとお前は知っているだろうか、
その揺れる眼が真実を語っているのだと、
席を立つ曹丕に三成は手を伸ばす。
驚き身を退く曹丕に
今度こそ拒ませまいと三成はその手を掴む。

( 融ける )
( 融かされる )
曹丕は今度こそこの手から逃れられまいと、
甘い誘惑に融かされる。

「あれほど拒んだというのに」
「お前は莫迦だ、三成」
苦し気に息を吐くその吐息すら飲み込んで、
曹丕は凍らせた心が融けていく心地に目を閉じた。


( 融ける )
( 堕ちていく )
( あなたに )


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