02:白銀
※三丕/パラレル寮

その腕を掴んだのはどちらからだったのか、
戯れに始まったような嵐のようなものであれば
いずれ過ぎ去ったであろうに、
しかし未だ私の中の嵐は胸の内で荒れ狂い
狂おしいほどに私の世界を破壊する。
その切なさを未だお前は知らぬのだ。


寮という場所は隔離された場所だ。
一種の独立した世界を確立する其処は
このGARDEN(庭)と名付けられた場所に相応しい。
歴史は古く、百数十年に渡る伝統と格式のある
其処はいわゆる良家の男子が通う学校のものだった。
少年の時分から青年になるまでの間を長く過ごす『庭』である。
曹丕はもう6年で寮でも古株だった。
寮長に口をきいて貰っては頻繁に外出をしているようだったが、
三成からすればその酔狂さは自棄になっているとも見れた。
部屋が同じになって2年、ずっと同じクラスでやっている。
年少クラスの少年が世話係りとして宛がわれるが
部屋が同じというわけれは無い。
寮のこの四人用の部屋で配されたのは三成と曹丕の二人だけだった。
曹丕という男は授業にほとんど出席しない上、気難しく頭がいい癖に
それを出すのを厭う。そんな様子の曹丕に三成は最初こそ
歯噛みしたものの、二年も経って治らなければこれはもう
こういうものだと思うしか無い。
結局複雑な面持ちのまま奇妙に捩じくれた友情関係を築いて
そしてこの二年で気付いたのは曹丕は家族とは仲が良くないらしいという
ことだった。
無論、誰しも良家であるというだけで、それ以外の内情など知る由も無い。
複雑な事情で此処へ追いやられた生徒も多い。
いわゆる妾の子であるとか、素行が悪いとか、そういった理由だ。
『庭』はそういった問題を抱えた生徒も受け入れる。
三成とて今の家に養育されているだけで、そういった生徒と大差は無かった。
しかし曹丕は違う。曹家という良家の中でも一際栄華を誇る家の出で
まして現在は跡取り扱いの筈だ。
しかし、どうしたことか、此処に曹丕も三成も居続ける。
それがどういうことなのか、事情こそ知らぬとは云え、なんとなくわかっていた。
問うたことなど一度も無いが、時折家からの使いの男が曹丕の前に
現れる。曹丕はそれを興味が無いという風に受け流し、そして
一通の封筒を受け取る。中身は知らないが曹丕はいつも
部屋でそれを破り棄てるのだ。

珍しく機嫌が良さそうな曹丕を見れば、考査の結果のようだった。
私室とは別に、生徒用のリビングがある。
各々の其処で茶を嗜んだり、情報交換をしたり、机の上に
放置されたままのカードやチェスに興じたり、思い思いのことをするが、
生憎、此処には曹丕と三成の二人だ。
曹丕は三成に振り返り、にやりと口端を歪めて魅せた。
「あれの単位取れたぞ」
一度も出席などしていない授業だ。
この二年の付き合いで曹丕の性格を悟って仕舞っている
三成は辟易した。
半ばうんざりとした様子で顔を顰め口を開く。
「嘘を吐け、嘘を。教師の膝の上で踊ったの間違いだろう?」
三成のその言葉に曹丕は意味深な笑みを浮かべ
薄い色の眼を細めた。
「無粋な物言いだな、教師に誠意を示しただけだと云うのに」
お前の誠意は下半身に集中しすぎだ、という言葉を
三成はどうにか呑みこみ、曹丕を見遣った。

初めて遭った時、目の前のさらさらと零れる絹糸のような黒髪に
どうしようも無く心が慄えた。
どんなに言葉を尽くしても到底云い現わせぬ瞳と髪の
陰影は美しく、形の良い唇を開けば朗々と美しい詩を紡ぐ、
こんなに綺麗な人間を見たのは初めてだった。
しかし予想に反して曹丕という男は貞操概念が無い。
最初に目撃した時にはその綺麗な頬を恥知らずと打ったものだが、
何度諭しても駄目だった。
この男は病気なのだとさえ思う。
自分を貶めて傷付けて、そして漸く安堵するような、
そんなどうしようもない病気だった。
「お前の誠意などドブ川に棄ててしまえ」
下品極まりない、と云えば曹丕は愉しそうに聲を立てて笑い、
それもそうだ、と呟いた。
「では三成、俺の誠意を君に」
あ、と思った時にはもう遅い、柔らかな曹丕の唇が
三成のものと合わさった。
それが、どうしようも無く、愛しくて、そして哀しい。
それを享受するように三成は曹丕の頬をその手で覆い
深くする。深く深く、息をもできぬ口付けを、する。
終わる頃には息も絶え絶えの曹丕が伝う唾液を掬い、
満足そうに三成を見るのだ。
「さて、三成、俺の誠意は伝わったか?」
三成は薄ら哂い、それしか表わす方法を知らぬ友を抱き締める。
「伝わったさ、だがしかし、金輪際教師をかどわかすのは辞めろ」
「忠告してくれる友が居るというのは有難いことだ」
ぽんぽん、と肩に手を回されあやすように撫でられる。
こんなことは間違っていると云いたい。
けれども屹度口にしたら最後曹丕は崩壊するのだろう。
ぎりぎりの均衡で保っている曹丕の正気は
三成の前で掻き消えて仕舞う。
凍え続ける白銀の世界に心を追いやって仕舞った友は
氷花のように砕け散るだろう。
だから三成はこの友を抱き締める。
自分とだけは寝ないこの友人を抱き締める。
しかし胸の内の嵐はいずれ三成をも食らい尽すのだろう、
いつか自分はこの美しく哀しい友を食らうのだろう、
食らって仕舞った先に在るのは地獄だと悟りながら、
今はただ吹き荒れる内なる嵐に耐えるのだ。

「俺が俺である限り、お前の友で在り続けるさ」

少年たちは庭の中で外を知らずに育っていく。
しかしいつか気付くのだ、庭の外に、世界はそれだけでは無いのだと。


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