05:颶風

風だと思った。
瞳に広がる一面の青が三成の視界を埋め尽くした。
戦場で見遣ったその姿に
眼を瞠る。
瞬間、その青が動き、
辺りに振った剣が血の華を咲かせる。
それが氷のようだと何処か夢のように思った。

「死んだか?」
揶揄するような言葉にはっとする。
眉を顰めて曹丕を睨んだ。
「阿呆か、貴様」
目の前に立ちはだかる敵兵を斬り付けながら
不満を全面に出して曹丕を見る。
「目の前に居る俺は死人か」
曹丕は意に介した様子も無く
怠慢な動作で馬から降りる。
その揺れる髪の間に見える項にどきりとした。
さらさらとした髪に目を奪われている
間に曹丕は左右の敵を斬り捨てる。
「間も無く勝鬨があがろう、撤収だ、三成」
それを伝えるだけなら曹丕自ら赴く必要は無い。
伝令が伝えれば良いこと、
それをわざわざさも大儀そうに云う男の
なんとも歪んだ性格に三成は口を曲げた。
「それを云う為にわざわざ来たのか」
呆れた、と云えば曹丕は口端を歪め
心地良さそうに目を細めた。
「そうだが」
何か?とでも云いたげな曹丕に呆れながらも
三成が頷く。戦場でこのような遣り取りをしていても
埒があかない。

駿馬であろう、曹丕の馬が
そっと曹丕を促すように頬に鼻を擦りつけた。
余程懐いているのかまるで恋人同士のようだ。
「やめよ颶風、噛むな、髪が傷む」
長い髪をやわやわと食む馬を宥め
曹丕が三成を見る。
「乗るか?」
曹丕の言葉が発せられた途端馬が厭々するように
鼻を鳴らした。
「厭だそうだ」
三成を見ながら、何をしてやったのか、
曹丕は満足そうに笑みを零す。
また三成も何にしてやられたのか、
この嫉妬の遣り場は何処へ向けていいのか、
憤りを感じるままに、
騎乗しようとする曹丕の腕を掴み
引き寄せる。

「・・・っ」
深い、深い抉るような口付けを交わし、
曹丕の身体がびくりと慄えるまで
激しく深く貪った。
「強引だな、」
暫くの後に荒い息を漏らし、
伝う唾液を拭った曹丕は挑発的に三成を睨んだ。
「嫉妬させる貴様が悪いのだ」
悪いのはお前だと云う三成に
曹丕は哂い、
「馬に嫉妬か三成?」
揶揄うように三成の肩を叩く。
「悪いか」
曹丕はゆっくり振り返り、
薄い青の眼を三成と絡ませる。
「否、悪くない、」
す、と馬上に上がり背筋を正す男は
先程の戯れと打って替って既に総大将の顔だった。
少し乱れた衣服を正してから三成を見下ろし、
そして哂った。

「お前の嫉妬は悪くないな」

存外心地良かった、と云い放って
そのまま馬を奔らせた曹丕の背を
見詰め、三成はこの後どんな顔をして
本陣へ帰るか一瞬頭を悩ませた。

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