04:看病されてます

仕舞ったな、と思った。
しかし思ったもののどうにもならない。
身体を動かそうとするがどうにも重くて
思ったように動いてはくれなかった。
しかし頭は冷静で、何が不可なかったのか、
明晰な頭で考え始めて思い当たる。
( あの女か・・・ )
曹丕の何が気に入っているのが妲己が
よく曹丕の周りをちらちらと動く。
それを無いものとし三成は振舞うのだが、
昨夜は流石に度がすぎた。
まだ片付けていない要件があったので、
そのまま妲己を三成が追い払いにかかったのだが、
それに憤慨した女狐が、
「三成さんのいじわる、風邪でもひいちゃえ!」
となんとも子供染みた捨て科白を残したのだが、
その直後、ちり、とした一瞬の痛みがした。
そうして仕事を終え、部屋に戻り就寝すれば
夜半から寒気がして今朝になってみればこれだ。

「クソ・・・」
これは何かに中てられたということなのだろうか。
元より禍々しい女狐である。人を病にするなど
造作も無いことであろう。
しかし本気で殺そうとしているのなら、
とっくに命は無いだろうから、ただの悪ふざけ、
本当にただの風邪であろう。
水が欲しかったが誰かを呼ぶのも億劫で、
結局三成はそのまま目を閉じた。


ひたひたと冷たいものが当たるのを感じる。
それが誰かの手なのだと気付いたが
目が開かない。
どれほど時間が経ったのかわからないが、
起きだして来ない三成に誰か配下のものが気付いたのだろうか、
何事か指示する聲が聴こえて、それから
「何か欲しいものはあるか」と訊かれたので、
どうにか「水」と答えた。
少ししてから額に冷えた水につけた布が当てられ、
唇に冷たいものが触れた。
つ、と喉に通るそれは水だ。
もっと、と強請るように云えば、与えられた。
ごくりと飲み干してから漸く眼が空いた。

「曹丕・・・」
慌てて身体を起こそうとするが制される。
「酷い熱だ」
手元を見ると先程の水を呉れた主ということが知れる。
水差しでは無く、茶椀に注がれている水だということは、
先程のは曹丕が口移しで与えたものなのだろうと
悟ると三成はどうしようもなくなり、
横を向いて、すまん、と呟いた。
「気にするな」
ずり落ちた布を額に戻され、曹丕が穏やかな聲で云う。
「書簡を持って行こうとしたのだが、身体が動かなかった」
その机にある、と指させば、心得たと曹丕が頷いた。
「朝真っ先に来る癖に今日は来なかったのでな」
気になって来てみた。
と曹丕が云うので意外なものでも見た様に三成が目を見開く。
「驚いた、お前にもそんな性根があったか」
「失礼な奴だ」
笑うように云うのでどうやら機嫌は悪くないらしい。
「珍しいものを見せて貰った。鬼の霍乱とでも云うか、お前でも
身体を壊すのだな」
「それこそ失礼だ、俺とて風邪くらい引く」
最もこれは妲己に中てられたものだ。
「おい、お前こそ大丈夫か」
「何が?」
曹丕も妲己に中てられたのでは無いかと
身を起こして、額に手をやるが、至って平常のようだった。
「妲己はどうした?」
慌てて所在を確かめる。
あの女が居れば厄介だ。
しかし曹丕は、ああ、と呟き、外を指さした。
「ひどーい!曹丕さん!折角三成さんを風邪にしたのに、
どうしてそっちに行くのよ!」
僅かに隙間が開いているのに妲己が入ってくる気配は無かった。
曹丕が扉の端を指さすと、どうも何かの札が貼られているようだ。
「その上こんなものまで!曹丕さんの意地悪!」
「貴様に云われたくは無い、三成を呪ったな」
自分で派遣した監視を呪ってどうする、と
揶揄さえ潜ませて云う曹丕に、妲己はふい、とそっぽを向いた。
「あーわかった、わかったから、もう!結局三成さんに
奪られちゃうんだから!今日のところはこのお札に免じて
引いてあげる」
「じゃね、よかったわね、たっくさん水でも飲ませて
貰えば!三成さん!」
半ばヤケのように妲己は腹立たしげに身を慄わせ、
その場を去った。

「・・・良かったのか・・・」
「どうせ暇つぶしの相手をさせられるだけだ」
曹丕は書簡を広げ三成に寝るように促した。
そして悪戯に顔を楽しそうに歪めて三成に云う。
「さて、妲己のお赦しも出たことだ、水でも飲ませてやろうか」
その形の良い唇が三成に近付く。
( ああ、成る程 )
これは役得である。
こうなると風邪も悪いものでは無い。
降りてくる唇を啄み、戯れに舌を絡ませ、
三成は酷く幸せな気分に浸った。

「たまには風邪も悪くは無い」
ぬかせ、と曹丕が笑う。
その首に腕を回し、唇を堪能してから
ちらりと横目で扉の札を見た。
札は焼け焦げ、跡形も無い。

( 退いて呉れたということか・・・ )
明日からの妲己の揶揄い半分の嫌がらせが
眼に見えるようで、せめて今はそれを忘れようと、
三成は曹丕に甘い水を強請るのだった。

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