06:包帯ぐるぐるまきまき

これはどうしたものかな、と
一瞬曹丕は考えた。
明晰な頭が一時的にせよ止まって仕舞ったには
それなりの理由がある。

昼過ぎにもなって、配下の者が籠一杯に桃を
持ってきた。丁度食べごろだというそれを
ひとつ貰ったら、成る程美味い。
そういうわけで、有難く献上された桃を
貰って食していたわけだが、
小刀で皮に切れ目を入れ、刃を横に立て、
す、す、と手際よく剥いていたら、
聲をかけられた。
その拍子に指を切って仕舞ったのだが、
勢いがよかったのか、あ、と云う間に
桃は赤く染まり、床にまで血が滴った。
焦ったのは三成だ。
単に聲をかけただけなのに、気付けば相手の
手が血塗れなのである。

「ちょ、ちょっと待て、、、!布、布を、、!!」
戦場であればこのような傷、傷にもならぬ、
しかし、三成は顔を真っ青にして部屋を出た。
腕をあげて止血しろ、と言葉を残して。
それを茫然と見つめた曹丕は、痛みはあるものの、
どうしようかな、とぼんやり考えて、まず、
血濡れた桃を傍にあった水桶で洗い、傷むと
勿体無いと、そのまま口に食む。
少し血の味がするが、なに、さほど気にもせず、
綺麗に食した。
それから、その様子を見つけた小姓が大慌てで、
曹丕に布を差し出し、曹丕の指を止血する。
されるがままに放置して、
茶が欲しいと零して、小姓が去ったところで三成が
戻った。

「なんだそれは?」
手に沢山の薬やら、布やらを抱えて、何事かと
云うような様相である。
「何だでは無い、、、!」
ほら、見せろ!
と曹丕の腕を引き寄せる。
先程小姓が止血したので問題無い。
だが、三成は、それを丁寧に解き、
様子を確認する。
すっぱりと切れた指は曹丕の白い指に
痛々しい跡を作っていて、
跡に残ったら事だ、と嫁入り前の娘でもあるまいし、
そんな言葉を吐きながら、念入りに薬を塗った。
その上で未だ血が滲んでいる指に
清潔な真白い布を巻いていく。
時折「痛いか」と問うので「別に」と
曹丕は答え三成が熱心に布を巻く様を見つめていた。

しかし一向に三成の手は止まらない。
二重、三重に巻いたところで、
「おい、もういいんじゃないか」
という言葉を曹丕はどうにか押し込めた。
三成の顔があまりにも真剣だったからだ。
そのままどうなるのかと見つめていたら、
三成はその長い布一枚をきっちり使って、
指に布を巻き切った。

( 凄いことになっている・・・ )
我が指とは思えない。
三成が巻いた布は幾重にも層を作り、
団子状になってしまっている。
「これで大丈夫だ!」
どこかやり遂げた顔の三成に、
捲き直せとも云えず、曹丕は結局
現状に甘んじることになった。


「凄いな・・・」
どうした、それは、と
顔を出した夏侯惇に云われ、
「切った」
と云えば、片目を細められた。
「どういう切り方をしたんだ」
「普通に切っただけだ」
「いや、おかしいのはお前のその指の団子であって、
切るのはいい、切るのは・・・」
ぶつぶつ、暫し呟いてから、
「捲き直してやろうか?それでは使い辛かろう?」
と云われたので、曹丕は頭を振った。

「いや、これでいい」

そっと大事そうに曹丕はその指の布に触れ、
想う。
夜には三成が、また薬を塗りに来るだろう、
そしてまたこの指に大事そうに布を巻くのだ。
それを想い静かに微笑んだ。

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