07:手首

捕えたのは手首だ。
擦れ違い様に掴んで引き寄せた。
そのまま手近な部屋に連れ込んで
壁に身を押しつける。
股の間に膝を割り入れ、動きを封じた。

「何のつもりだ」
平然と囁かれる冷たい言葉に、
政宗は、目を細めた。
「良かろう」
誘いのつもりで、唇を近付けるが
ふい、と逸らされる。
「子供は御免だな」
子供だと、と叫びそうになるのを
どうにか堪えて、政宗は曹丕を見た。
魏の王子である男。
ずっと挑発的な視線で政宗を見る。
いつもそうだ、と政宗は思った。
いつもこの男は、何処かどうでもいいという
風な態度で、周りを見据える。
その癖、言葉をかけられると、ス、と目を細め、
傲慢に見下す。
氷のような男だった。
しかしその態度がこの遠呂智軍の中では
一際目立っているらしい。
遠呂智の覚えめでたくと云えば聴こえはいいが、
何のことは無い、政宗自身、魏と遠呂智との
同盟はこの男が身体で取ったのだと思っていた。
真偽のほどは知らないが、皆そう云っているし、
曹丕自身の否定も肯定もしない態度からも真実味がある。

( 気に入らない )
遠呂智に真実盟友として居るわけでも無し、
反乱の気配すら伺わせる危険な男だ。
しかし、それこそが曹丕の魅力でもある。
曹丕のような男に出会うのは初めてだった。
遠呂智が食ったとするならば、自分も、と思う。
その身体を一度味わってみたいと思っていた。
そんな折の機会だ。
離すわけが無い。
「離せ」
その言葉を無視し、政宗はその白い喉に
食らいつきたくなる。
本気で厭ならば抵抗すればいい、
しかしこの男は言葉だけで抵抗すらしない。
どうでもいいのか、何か策があるのか、
それとも、
( 誘っているのか )
「こうやって何人も咥え込んでいるのだろうが」
ならば自分もかまわぬだろう、と云えば、
曹丕の眼が見下したように冷やかに政宗を見詰める。
絹の髪、造りもののような顔、怜悧な眼、
氷のように冷たい男。
この男を自分のものにすればどれほど気持ちいいのだろう、
それを思うとぞくぞくする。
己に隷属させ、好きなだけその身体を貪ることが
できれば、というそんな愚かな考えに身を委ねたくなる。

しかし、其処で背後から聲がした。
「失礼、政宗殿」
振り返れば浅井長政である。
如何にも好青年という感じの爽やかな美男であった。
曹丕とはまるで対象の男である。
「何だ、儂は忙しい」
曹丕を壁に押し付けたまま煩わしいと
政宗は態度で示す。
しかし長政は退かず、言葉を続ける。
「先程、妲己殿が、探しておられましたよ」
「何?」
「軍の配備のことで急ぎの要件があるとか」
その言葉に行かないわけにはいかない。
ち、と舌打ちして政宗は曹丕を開放した。
「また今度だ」
政宗の言葉に、曹丕はゆっくり目を細め、
次は無い、と小さく呟いた。

「余計なことでしたかな?」
政宗の出て行った部屋で長政が曹丕に聲をかける。
曹丕は乱れた着衣を整え、「いや」と言葉を続けた。
「助かった」
その言葉に長政は眼を細め、
では一緒に戻りましょう、と歩き始める。
「妻が菓子を作ったのでお持ちします、三成殿とどうぞ」
「ああ、」
歩きながら長政はその薄い色の髪をさらさらと揺らした。
「貴方は刹那すぎる、三成殿が心配するのもわかる気がします」
ふふ、と顔を綻ばす男が曹丕は嫌いでは無い。
曹丕も、ふ、と頬を緩め、長政を見た。
「ではこれは三成には内緒だ」
長い髪を揺らし、悪戯に長政を見る。
「あれが知ると激昂して政宗に戦でも挑みそうだからな」
今やられると困る。と曹丕が云うと
長政は一層笑みを深め、頷いた。

「ええ、では私と曹丕殿、二人だけの秘密です」
悪戯っぽく笑う男に、曹丕は
矢張りこの男は嫌いでは無いと、心地良さそうに
少し喉を鳴らした。

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