09:眼鏡
※パラレル従兄弟

読書をする時だけ眼鏡をかける。
常にそうだった。
曹丕はその長い指で丁寧に弦を広げ、
眼鏡をかける。
機能的な形状のフレームは曹丕に良く合っていて、
この口煩い男のことだ。
さぞかし拘って造らせたのだろう。
その様子を眺めながら、三成は書類に視線を戻した。

曹子桓は三成の二つ上の従兄弟である。
親戚の中でもわりと年が近いことから
幼い頃よりよく遊んだ仲で、
それは18になった今でも変わらず、
高校三年の今になってもこうして頻繁に互いの家を
行き来しては下らぬことを話す。
特に申し合わせたでも無く、今日も帰ったら
曹丕が三成の部屋で部屋の主宜しく
寛いでいた。

「今日はこれか」
三成の許可を取るでも無く、
学校の帰り際に買って来たコンビニの
袋を漁る。これも別にいつものことなので
気にしない。
曹丕は袋の中のポッキーの箱を取り出し、
中身を空けた。
ぽりぽりとポッキーを上品に食べる様は
流石としか言いようが無かったが、
普段はこんなもの食べたことも御座いません、
というような態度の曹丕がこういった
庶民染みたものを食べる様は
些か面白味があった。
曹丕の世話役の司馬懿などが見たら
卒倒するに違いない。
それを想像して、三成は笑った。
「なんだ?」
「いや、面白いな、と思ってな」
「何が?」
ぽり、と曹丕がポッキーを齧る。
「お前がポッキーなんて食べているのをみたら
司馬懿が卒倒する」
そう云うと曹丕は、噫、と察したのか、
「カールも好きだがな、チーズ味の」
と云うので三成は更に笑った。
では、と言葉を足し、従兄に云う。
「今度買ってこよう」
ああ、そうしてくれ、と云ってから曹丕は
また読書に没頭し始めた。
この気難しい従兄弟の最愛のひとは
本であるらしい。

それを確認してから三成は再び書類に目線を戻す。
進路を決定しなければならなかった。
大学の候補はいくつかあるものの、
三成は未だ決め兼ねている。
「進路調査票か」
「噫、これが最終だ」
顔を上げずに曹丕が問う、
流石にこの従兄にはお見通しだ。
模試の結果からしてもどれもA判定であったが、
今一決め手が欠けた。
ふ、と曹丕を見る。
ぽりぽりとポッキーを食べる手を休めず、
頁を捲る曹丕を眺めていて
不意に腹が決まった。

ペンを取り出し、大きくはっきりした文字で
大学の名前と学部を記す。
それを眼の端でみとめた曹丕が顔を顰めた。
「何だ、俺と同じではないか」
つまらなさそうに云うので三成は笑って見せた。
「いや、従兄殿と同じ学校も面白いかと思って」
そう云えば、曹丕はにやりと意地の悪い笑みを浮かべ
「ならば、ゼミも同じか、これは盛大に歓迎してやらねばな」
後輩を、と云う。
三成もつられて笑い、袋にあったポッキーを摘んだ。
半分と少し食べたところで曹丕に身体を近付け、その眼鏡を外す。
眼鏡の奥の怜悧な眼が三成を捕える。
唇を近づけ、残りのポッキーを曹丕に差し出した。
一瞬愉しそうに曹丕が目を細め、本を閉じる。
それを了承の合図とし、三成はその唇を貪ることに没頭した。

「これも仲達が知ったら卒倒するな」
「俺が殺される」
互いに笑い合いじゃれ合う夕刻のことだった。

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