001:兄弟
※パラレル義兄弟

姉の死から三月ほど経って、三成は漸く義兄に重い口を
開くことにした。
姉は三成にとって二人きりの姉弟であり、
三成の全てであった女性だった。
幼い頃に父母を亡くし、元々天涯孤独だった両親だ。
親戚など居る筈も無く、幼い三成を八つ年の離れた姉が苦心して育てた。
今迄の姉の苦労を知るからこそ三成は姉の幸せを心から
喜んだし、義兄という新しい家族が出来る歓びも得た。

姉と義兄の結婚に喜んだものの、
新婚の二人に自分がくっついて行くというのも
どうにも気が引けて、最初三成は同居を頑なに拒んだが
未だ高校生である三成に一人暮らしなどさせられないと
説得され、義兄にも辛抱強く請われて結局、姉夫婦と
同居することになった。
姉を亡くした今となってはついこの間のことが、
随分昔のことのようにも思える。
学校に突然の姉が事故に巻き込まれたと知らせられ、
次の日の朝には帰らぬひとになった。
義兄との結婚からまだ半年も経たぬ頃だった。

「義兄(にい)さん」

義兄は姉を亡くしてからも三成との生活を続けている。
毎朝仏壇に線香をあげ、三成と共に朝食を摂り、
仕事へ行く。

「何時まで、こうしているんだ」

義兄の名を曹丕と云う。
曹丕は手にした新聞から顔を上げ三成を見た。
黒い髪がさらさらと義兄の頬を流れる。

「こう、とは?」
当たり前のように、姉の居なくなった家で、
姉のいない空間で三成と過ごす。
それがどうしても三成には納得できなかった。

「姉さんは死んだ、義兄さんがいつまでも俺と居る理由など・・・」
元から三成はおまけのようなもので、
姉が死んだ今、他人に等しい。
そんな三成と生活し、まして学費を出し、
三成の為に働く義兄を有難いと思う反面、
居た堪れなかった。
義兄の語らぬ優しさが三成を責めるようで、
辛かった。
「俺ももう17だ。バイトでも何でもすれば
生活も出来る。学校だって卒業してみせる。
だから義兄さんは俺のことなど捨て置いて構わない」
「・・・半年だぞ、たった半年で姉さんは死んだ。
姉さんが死んだ今、お前が俺の面倒を見る必要など・・・」

曹丕は新聞を丁寧に折りたたみ、三成に向って立ちあがった。
「今からだって他の誰かと・・・」
曹丕とてまだ若い。確りした男だし、見目もいい。
いくらでもあてはある。再婚の可能性だってあるのだ。
「俺とお前は他人だ・・・」
がっくりと項垂れたように俯く三成の手を取り
義兄は云った。

「それでも私の家族はお前ひとりなのだ」と。
じわりと、膨れ上がる熱は果たしてなんの熱なのか、
指先からじくじくと胸を刺す痛みはなんと云ったか、

( 離れたいのは自分なのだ )
姉を失って悲しい筈なのに、
それでもどうしてもこの男から目が逸らせない。
触れられた指から伝わる温度の愛しさに眩暈がする。
( 今離れなければ )
( 屹度、 )

義兄の目を見ればもう駄目だった。
三成は眼を閉じ、そっと義兄に口付ける。
乾いた口付けはじくじくと絶望の味がする。
義兄から離れなければ堕ちるのは地獄だと
わかっているのに離れられない。
いっそ突き飛ばして呉れればいいと、
願うのに、そっと回された義兄の腕に、
三成は共に堕ちる男との口付けを深くした。

恐らく姉より先に義兄に心奪われたのは自分なのだ。

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