002:いつの日か

世界が変わったのは何時からか、否、魔王遠呂智により
文字通り世界は変わったのだが、それとはまた違った意味で
世界は変わった。

目の前の不遜な男は曹丕という。
常に人を見下したような態度で、評判はすこぶる悪い、
魏の王子たる男だった。
三成を曹丕を引き合わせたのは妲己だ。
これこそ奇運と云えよう。
三成と曹丕は合わぬ。合わぬくせ、不思議と惹きあった。
酷く不器用な生き方をする男で、
今迄散々三成が周りに云われてきたことが、
どういう意味だったのか曹丕を識って、三成は初めてその意味を理解した。
他人のふりみて、と云うが全くその通りである。
だからこそ曹丕の孤独な生き方に三成は口煩いほど干渉したし、
曹丕はそんな三成を頑なに拒絶したものの、
結局は根負けした形で今ではそれなりに人らしい振る舞いも
見せるようになった。
それを好ましいと思う反面、少し惜しいとも思う。
己だけが理解していた男の淵を他人に見せるのが勿体なくも思った。

それを云えば男は「下らぬことを」と哂うのだろう。
しかし、その眼は優しいのだ。
不遜なもの云いで、傲慢な態度で、
しかし、真っ直ぐで高潔な魂が三成を惹きつけてやまない。
前を歩く男はその漆黒の髪を揺らしている。

ゆらゆらと揺れるその長い漆黒に誘われるように
三成は男の後へと続いた。

世界は歪んで、戻らず、
このまま続いていく。
同胞が居た。
残してきたものが山ほどある。
しかしそれでも、この歪んだ世界のなか真っ直ぐに
立ち続ける男の造る世界を見てみたい。

「立ち止まるなよ、三成」
不意に男が呟いた。
「お前こそ、振り返るな」
無論、と囁く聲が心地良い。
このまま、此処で、この不遜な男に使われ乍ら、
この男の造った世界に死ぬ、
そんな想像をして、三成はそっと足音軽く歩み出す。

「それもいいか」
この男とつるむなぞ悪趣味だ。
悪趣味だが悪くは無い。
「悪くは無いな」
口端をあげて三成は前を歩く
偉大な男の後に続いた。

いつの日か、男の造る世界が理想郷になると信じながら。

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