006:憎悪
※パラレル似非親子

その男の遺産はたった一人の子供だった。
男の死に様はあっけなく、彼の遺した遺産は
あっという間に借金取りに食らい尽され
残ったのは男の子供では無い
何処かから連れてきたという賢い子供がひとりだけ。

最後にもう他人のものになった男の屋敷に
取り残されたように佇む少年は
人形のようだった。
壊れた人形のように、しかしその人形の
あまりに精巧な出来に息を呑む。
勿論実際は生きているので、そういったものを
専門的に捌く三成の業者に回されることになった。
引き取り手もいなかった少年はこうして
最後の取り立てに来た三成に依って
売買されことになる。

「暫くは此処で暮らす」
連れてきた少年は一言も話さない。
ビスクドールといえばいいだろうか、意匠の凝った人形の
ような少年で、髪は絹、目は薄い青、不思議な取り合わせは
異国の血でも混ざっているのかもしれない。、
なんにせよ計算されつくされたような芸術を思わせる少年だった。
これなら何処へ行っても容姿だけですこぶる良い値が
付くのは間違いない。
少し作法を躾れば良家の子女として売り出せる。
「俺は三成、要るものがあればそこの左近に云え」
どうせ一月もいないのだ。
これほどの上物はすぐ売れる。
器量がよければいい値が付く。
少年には可哀相だがそれが三成達の商売であり、
そしてそうすることがこの少年にとっても最良の道だと知っている。
上手くいけば、慰み者では無くどこぞの名家に養子として
迎えられるかもしれない。
愛想が良ければもっと好印象だろう。
此処に連れられた多くの人間がそうであったように
三成は商品としてこの少年と接するつもりだった。

しかしドアに手をかけたところで
少年が口を開く。
唄うように、囁くように透明なうつくしい音色を潜ませて、
「では三成、お前が私を買うがいい」
振り返る、目が合う、
視線が絡まり、絹の髪がゆらゆら揺れる。
瞳は深く、何かを湛え、
視線を逸らせないまま頬に触れれば少年は王者のように
振舞った。
「お前が」
少年の瞳に写る自身の姿を観て三成は確信する。
不意に少年は眼を細める。
それが酷く美しいと感じた。
「お前が殺したのか」
父親代わりの、いや、父親だったのかどうかは
疑わしい、これほど美しい少年なのだ。
何を目的に連れてきたのかなど定かでは無い。
少年の瞳が妖しく光る。
三成は不意に少年の瞳に湛えられるにあるものを悟った。
憎悪だ。
酷い憎しみが少年を妖艶に輝かせる。
象牙の頬に指を滑らせ少年を見る。
「世の全てを憎んでいるような眼だ」
その怪しい魅力に眩暈がするのは気の所為か。
この少年を手放しても少年はまた別の誰かを父として
相手を破滅に導くのだろう。

それでも尚抗い難い美しさ、
少年に惹き寄せられるままに
三成は少年を抱き締めた。
幼い身体は安易に三成の腕に収まる。
唄うように優しく甘い聲で彼は破滅を囁く人形となる。

「私は曹丕、お前を滅ぼし殺す者」
「では俺はお前に愛だけを囁こう」

煩わしそうに身じろぎする曹丕をきつく抱き締めて、
ふと想う、愛でいつか彼の心が融けるなら
この腕の中にある憎悪は何処へ行くのだろうと
三成はそんなことを考えた。

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