007:禁断書
※パラレル昭和初期

「下らんな」
帰れ、と云われて三成は唖然とした。
困っていたから相談に来たというのにこの言い草はあんまりではないか。
まして三成と曹丕はかつての学友である。
久しぶりに訪ねた友にあまりな態度ではなかろうか。
「そのような事にかかわる謂れは無い」
冷たい友人の言葉に、がし、と三成はその肩に手を置き、
「逃がさんぞ」
一言云い放った。

「それで、何だというのだ・・・」
結局持参した茶菓子が彼の眼に適ったのか
この気難しい友人は話を聴く気になったようだ。
名を曹丕、字は子桓、眉目秀麗、才色兼備とは良く云ったもので
確かに上っ面はそうなのだが、本人は大変な奇人であり、
気難しい学者でもあった。
「それでその男が云うにはそのなんたらとか言う本が手に来てから
どうにもおかしいというんだ」
「烏鬼宗兵衛の万百怪奇書だろう」
「そう、それだ、なんでも夜な夜な女の啜り泣きやら、赤子の聲やら、
最近では奇妙な鳥の聲まで聴こえてきて眠れないというんだ」
「また珍しいものを手に入れたものだ」
「お前なら何かわかるんじゃないかとだな、こうして来たわけだ」
曹丕は手にした書物を文机に置き、三成の方へ座り直した。
「禁書の類だ、江戸中期、宗兵衛が書き遺したもので、
怨念が写っていると云われている」
「怨念?作者のか?」
曹丕は頭を緩く振って答えた。
「否、作者では無い、伝聞によると筆に取り憑いたと云われている」
「筆に?何が?」
「嵐の夜雷が家に落ちたとも、筆の狂気に呑まれた宗兵衛が
深夜眠っている家族を手にした蚤で殺し、
その後自身も家に火を放ち焼身自殺したとも云われているな」
三成は、うえ、と気味悪げに聲をあげる。
曹丕は手近な本の束の中から一冊を取り出して
三成に見せた。
「筆に取り憑いたものの正体は鵺と聴く。鵺の毛で作った妖の筆で
書いた妖怪の書だ」
曹丕はこういった分野に滅法強い民族学者である。
本人はまるで目に視えぬそうなのだが、由緒正しい妖を使役する
家系らしく、古今東西あらゆる妖ものに詳しかった。
三成は幼い自分からそういった奇妙なものをずっと視てきたので
こうして同じような境遇の男に遭ったのは曹丕が初めてである。
学生時分には随分世話にもなった。
「私にはまるで視る能力無いがな、残念ながら」
「お前ならなんとかできまいか?」
職場の友人にこのまま死なれても後味が悪い。
この知識と加護の深い友ならもしや、と三成は曹丕を訪ねたのだ。

曹丕は少し口端を笑みの形にし、
その涼しげな目元を三成の持参した葛餅へと向けた。
優美な仕草で切り分け、行儀良く口に含んでから、
茶を啜り、やおら立ち上がる。
「では行こうか」
「何処へ?」

「その妖を退治に」

するすると曹丕には視えぬ、しかし三成には視える、
妖が曹丕に懐くように肩に乗る。
この部屋にはいくつもそんな妖がごろごろしている。
一番恐ろしいのはこの家の上に巣食う龍だろう。
これが視えぬというのだから三成には恐ろしい。
しかし視えぬくせ使役する能力は一級だというのだから
これもなんとも云えぬ話である。
曹子桓、男はその筋では有名な退魔師であった。

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