008:花言葉
※パラレル暗殺者

植物は然程詳しくない。
仕事上の名前として振り分けられている。
その程度の認識だった。
曹丕は次のターゲットの男に探りを入れる。
男の名は石田三成、遺伝子学の権威という男は
学歴に似合わず優男だった。
青薔薇は曹丕のコードネームである。
暗殺ばかりをやってきた曹丕にとって
人を殺すことに何の抵抗も無い。
それが当たり前で殺さなければこちらが殺される。
気が付けばずっとそうだった。
それが当たり前の生活であり、それ以前の自分が
どうしていたか、両親はどうしたのか、或いは
誰か親族や兄弟でもいたのかも曹丕にはわからない。
もうずっとこうして誰かを殺し続けて、
何の為に生きているのかさえもわからなかった。
ただ、殺す。生きるために殺すのだ。
ターゲットは熱心に庭で花を育てている。
特に美しいわけでも無い、地味な花だ。
その花を毎日熱心に手入れし大事に育てている。

曹丕は、ふ、と飛び男の後に音も無く立つ。
そのまま垂直にナイフを引けば簡単に男は死ぬ。
いつも通り簡単な仕事だ。
しかしナイフを引こうとしたところで
男が話し始めた。
「これは、アケビという。なんとも地味な花だろう?
しかし蔓は丈夫で、古来から篭を編んだり、
その茎は薬になったりもする植物だ」
「・・・」
「青い薔薇をみたことはあるか?」
曹丕は返事をしない、それは己のコードネームだ。
「青い薔薇は自然界には存在しない」
「・・・」
「お前はどうして自分が青薔薇か知っているか」
思わず身体が引き攣る。
何故、この男は曹丕のコードネームを知っているのか、
何故、暗殺者だとわかったのか、
一体何時、何処で情報が漏れたのか。
「青薔薇は遺伝子の組み換えで出来た品種だ、自然には決して生まれない」
「何が云いたい」
思わず曹丕の聲が漏れる。
少し擦れたような聲になった。
そして今まで叩き込まれたあらゆる知識から
此処は退くべきだと、思考が警告する。
名前が相手にわかった以上暗殺は失敗だ。
既にセキュリティ警報が鳴っているかもしれない。
退くべきなのだ。
けれどもどうしたことかぴくりとも身体は動かない。
まるで其処で止まって仕舞ったかのように思考に反して
身体は男の話に耳を傾ける。
「遺伝子ばかりをみてきた」
「青薔薇の花言葉は『不可能』、昔はそう云われた」
「それがなんだと・・・」
「でも今は違う、造れて仕舞ったからな、青薔薇の花言葉は『奇跡』と云う」
男が振り返る。

「お前のことだ、曹丕」

その眼が曹丕を真っ直ぐに射抜く。
「遺伝子を操作繰り返して病原体を克服しやっと成功した完成体、
俺が造ったただ一人の男」
「何を・・・」
あまりのことに言葉が出ない。
今この男は何と云ったか、己が何だ、とこの男は云っているのか、

「随分前に奪われて仕舞ったが、やっとお前の居所を掴んだ、
暗殺の依頼をしたのは俺自身なのだよ」
そんな莫迦な話があるか、と曹丕は慄える。
けれども三成の眼は懐かしいものを見るかのように
酷く切なくて優しくて、そしてただ哀しい。
そのやるせなさに曹丕は言葉を失った。
「いつかのお前を失った俺の絶望がお前を生ませた」
「何の話だ・・・」
三成の手にした写真は随分古いものだ、
それが何なのか曹丕にはわからない。
けれども、三成の傍らに写る男は確かに自分と同じ顔の男なのだ。
同じ顔の男が三成の傍らで静かに微笑んでいる。
それを見て曹丕は己が何者なのかを悟った。
自分は恐らくこの男のクローンなのだ。
道理で幼いころの記憶などあろう筈も無い。
己は誰かのコピーであり、己では無いのだ。
「俺を殺すのもいい、そうしてお前の好きな生き方を選ぶのもいい」
「ただ逢いたかった、もう一度」
曹丕の肩を掴み男は崩れ落ちる。
「逢いたかった」
曹丕はナイフを掴み振り降ろす。
しかし首に刺さる直前で手は止まった。

「愚かな俺を赦して欲しい」

曹丕は男を見下ろした。
傍らの花は風に揺られ、淡紫色の花弁を揺らす。

「アケビの花言葉は何と云う?」

ただそれが気になった。
それだけだ。
男は顔を上げ曹丕を見た。
そして嘆きと贖罪の中、言葉を呟く。


曹丕は床にナイフを投げ、目を閉じる。
自分を抱き締めるこの男の腕を知っている。
それが少しだけ懐かしいと、そう想った。



花言葉は
唯一の恋

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