009:アレグロ
※パラレル子供同士

このところいつもこの時刻になると
三成がそわそわしだす。
未だ12になったばかりのこの小さな主人に一体何が
あったのかと流石の左近も気になって窓の外を覗いた。
窓の外には一台の車である。
よくよく見ればそれは先月越してきたばかりの
向かいの屋敷のものであったし、向かいの屋敷といえば
曹家という由緒正しい名門の家系である。
そこまで考えて、ははぁ、と左近は思い当った。
確か曹家の中に三成と同じ年頃の少年が居た筈だ。
小さい弟も何人かいるようだったが、
三成の興味はその少年に違いないと左近は悟った。

( 何と云っても面食いですからね、うちの殿は、 )
中でも飛びきり造作のいい少年といえばその子以外には
考えられない。

曹子桓、と名乗った少年から三成はまったく目が離せなかった。
どうしたことか、三成は彼に出遭った瞬間から電撃が奔ったかのように
硬直したままだった。
見目のことなら、三成とてまあ、自慢では無いが相当いいセンを
行っているとも思う。何せ周りがああだから、事あるごとに
義母からはかわいい、かわいい、とかなんとか、将来が楽しみだとか
どうとか言われ続けているので、そんなものかと思っていた。
ちなみに三成自身は美醜はよくわからない。あまり意識もしたことが
無いものであったし、義母だって、義父だって左近だって美しいと思う。
だから、お前は面食いだね、と云われても、ピンと来なかったし、
まあ、美しいに越したことは無いんじゃないか程度の認識であった。

だがしかし、彼に遭った瞬間、三成の世界は覆った。
非の打ちどころの無い容姿である。三成は世の中に
彼ほど綺麗なものをみたことが無かった。
否、在る筈が無いのだと今では確信すらしている。
絹の髪に天鵞絨を思わせる薄い青の瞳、
薄い唇は形が良く、透き通るような肌は眩しい。
やや病的とも思えるような白さは彼が触れたら折れてしまいそうな
雰囲気すら醸し出している。
恐る恐る年を聴けば13だという、三成と然程歳も変わらない。
想像したよりずっと綺麗な聲で、その全てが知性を湛えていた。
彼の美しさに三成は一目で恋に落ちたのだ。
この際相手が同性であるとかどうだとかは問題では無い。
三成にとって相手が好きかどうかの方が大問題であった。
逆に云えばまだ子供、そんなことまで頭が回らないというのが
本当のところである。
彼は家の方針で学校にも行かないようだったが、
家庭教師を出迎える為、この時間、門に出て来るのだ。
それが楽しみで一目彼を見ようと三成はこうして窓に
張り付いているというわけである。

しかし、ただ見ているだけで留まるなど三成には有り得ない。
その日の夕方、漸く取り付けた遊ぶ約束に胸を躍らせていた。
逸る胸を押さえて用意して貰った菓子を手に
曹丕の家の戸を叩く。
やや間があってから開かれた扉に、侍従のものが、
心得たように三成を案内した。
相当に広い屋敷の奥の一角に案内され、恐らくそれが彼の部屋なのだ、
やっとの想いで重厚なドアを叩く。
心臓が早鐘のように鳴り、まるでリズムは音楽のアレグロだ。
速く、はやく、と鳴り響き、漸くどうぞ、と開かれたドアに
期待が一杯で三成は伏兵の存在をすっかり失念していた。

ドアを開ければ目当ての彼、
その背後には眼の上の瘤、慇懃無礼な家庭教師の男が立っていた。


家庭教師は勿論司馬懿。

http://zain.moo.jp/3h/