010:艶

口付けは嫌いでは無い。
異界で遭った奇妙な縁の男と交わす戯れは
酷く曹丕の心を揺さぶった。
「・・・っ」
男の名を石田三成を云う。
数度揺さ振られてから放たれたことを確認し、
曹丕は身体をずらし、三成のものを抜く。
「此処までだ」
夜伽にはもう充分すぎる程である。
明日のこともある。
疾く去れ、と三成に示せば、
三成は見目の良い顔を顰めてみせた。

ぐい、と手を引かれ指と指を絡められる。
指を絡められるのは嫌いだ。
熱が互いの境界を失くすようで気持ち悪かった。
交合はまだいい、結局ひととひとは一つには
成れぬと異物を受けながら実感するだけだ。
自分は女では無い。行為に思惑はあれど
それは一種の駆け引きや策謀の手段であって
目的では無い。
だが指は嫌いだった。
掴まれるのならまだいい、褥に引き込まれるのもいい、
手を繋ぐ、指を絡める、そういった行為は
酷く気持ちが悪い。
まるで自分の冷たい手が世界とは違うものだと
云われているような気がして嫌だった。
手を繋いでいくうちに、指を絡めるうちに
自己というものが果てしなく溶けていく気さえした。
しかし融けたところでいずれは離れる。
ずっと繋いでいるものではない。
その手は指は永遠に曹丕のものでは無いのだ。
離した後の喪失感は恐ろしいほど空虚なもので、
それがどうしても耐え難かった。
人は変わる、変わらぬものが無いように、
当然のように変わり往く。
目の前の男が永遠に自分の傍らに在るわけでは無い。
元々出遭う筈の無かった者同士、こうして戯れに
興じようとも、それは一時のこと、
忘れてしまう夢のようなものなのだ。
だから曹丕は三成の手を払う。
いつもいつも、毎夜その手を払うのだ。

しかし男の手は諦めず曹丕の手を探す。
そんなに繋いでいたいのなら、いっそこんな両手など
無ければいいとさえ、この処想うのだ。
それでも夜毎の情事は止められず
ともすれば泥沼に嵌っていく感覚さえしていた。
「やめよ」
三成、と呟けば三成は曹丕に口付ける。
激しい熱と何かを求め縋るような眼、
絡められる指先のひとつひとつから生まれるものに
曹丕は恐怖した。

女ではない、
己は女では無いのだから孕む筈も無い。

ではこの行為は何なのか、
目を閉じ男の鼓動を感じながら、
それが何なのか考える。

( それは絶望 )
( いつか離れる者との絶望 )

永遠に傍に無いのならもう止めて欲しい。
お前は私を置いていくのだと、曹丕は想う。
だのに離れ難いのは己なのだ。
求められるまま求めあって、行き着く先は
ただ別離。
( 噫、私は )
口付ける、指を絡める、
腕を伸ばす、そして胸に顔を埋め祈るように目を閉じる。
( わたしは )
( 夜毎に絶望を孕むのだ )


目を閉じて、お前がいない世界の安寧をただ願う。
いつまでも傍にいるという戯言に手を伸ばして、
いつか掴め無くなるのではないかという絶望を潜ませながら

お前はそれを愛と云う。


愛を産む

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