012:翻す

その鮮やかな展開は見事と云えた。
遠呂智に組していた傘下の軍ごと
魏の王子たる曹丕は叛旗を翻した。
元より体裁だけの同盟だったとは云え
絶妙のタイミングだったと云える。
最初からそのつもりだったとは云え、
やり方は流石と云うべきだろうか、
三成は傍らの顔だけは酷く美しい氷のような男を
眺めながら思った。

「私の顔に何か?」
突如発せられた言葉に逆に驚いて仕舞う。
「先程から何だ?私の顔をじろじろと、」
「いや、」
思わず言い訳染みた科白に苦笑しながら
どう答えたものかと思案する。
「何かついているのか?」
長い絹の髪がさらさらと揺れて美しい。
触れてみたいな、と思った。
引き寄せられるままに髪に触れ、
そして頬に手を伸ばす。

「噫、ついてる」
「だから何だと・・・」
そのまま倒れこむように勢いのまま口付ければ
曹丕の薄い色の瞳が大きく見開かれた。
宝石のようで美しい。
その輝きをもっと見たいと舌を入れて求めれば
曹丕は熱い熱を以て応えた。
どのくらい交わっていただろう。
こんな廊下で、壁に背を押しつけて
貪るように、熱い舌と水音とが絡む静かな空間で、
曹丕の頬を両手で包み角度を変えながら求める。
「子桓、子桓、」
名を呼びまるで睦み合っているかのように錯覚するような
早急さで、酷く焦っているかのような感覚に
その時初めて三成は自分はこの男に餓えていたのだと
はっきり自覚した。
そうだ、己はこの男が、
一人孤独に生きる何よりも気高いこの男が欲しいと願っている。

ようやく熱い唇を離した頃に
互いの絡んだ唾液が口端から零れたものを拭い、
そして多少乱れた衣服を整えてから
曹丕は三成を見遣った。
「それで、顔に付いてた汚れは取れたのか?」
「噫、取れた」
そうか、と返す曹丕の返事はそっけない、
まるで先ほどまでの熱がまるで無かったものであるかのように
至極自然で普通だった。
背を向け再び歩き出す。
その背を見ながら三成は聲をかけた。

「子桓、俺のものになれ」
その言葉に曹丕は振り向くことなく、
ただその長い髪を揺らした。
何、断られていないということは
己にも分があるのだと、三成はその背を追い走り出す。

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