015:漢

石田三成という男を見た時に
この男は駄目だと思った。
それが曹丕の直感であり第一印象そのままになった。
見目だけは酷く整った男だ。
ともすれば褥では足を開きそうな容姿であったが、
口を開けば無礼極まりない。
礼を重んじないというわけではなさそうであったが
風流も解せず何処かその美しい容姿には合わない
振る舞いをする男であった。
憮然とした口調や、態度はもう少し控え目であれば
可愛げもあろうに、簡単に云うと頑固で融通がきかないのだ。
頭の出来は良い癖、そういった難点も持ち合わせている。
どちらかというと損をする類の男であった。

己は武人であると曹丕は心得ている。
武人であると同時に統治者の跡を継ぐものとしての
振る舞いをしなければならない。
何を捨ててでも曹丕にとって父の後を追うということは
使命であり、それ以外の生き方を知らないといえば
そうだった。
武人として、統治者として或いは時に男として、
政治的駆け引きの為にあらゆる手を使った。
そういった薄暗い駆け引きが己の性にも合っていると
思っている。
しかし三成はそういった曹丕の性質とは正反対だ。
最初に妲己に監視役として三成を付けられた時は
余計なことをと憤慨したものだった。
だが今はどうだろう。
曹丕がある取引の為に別の男の部屋へ行っていたのは
もはや隠しようがない。
曹丕が衣服を整え出てきたところを三成に見られたのだから。
曹丕自身はまるでそういったことを気にしていない。
男と寝るのが何だというのか、
三成とてそういったことの覚えが無いわけでもないだろう、
責められる謂れは何処にも無い。
だから「何用か?」と嫌味さえ潜ませて問うたら、
案の定三成は盛大に苦々しい顔を見せた。
そして暫くの沈黙の後、通り過ぎようとした曹丕の腕を掴み
三成は曹丕を引き寄せその歪みのない真っ直ぐな視線を曹丕へ向けた。

「云うことが違うだろう」
その言葉にカッ、と頭に血が昇る。
しかしこの程度で腹を立てていても仕方が無い。
己は魏の王太子であるのだ。
ぐ、と堪え三成を睨んだ。
「何を云えと?私が何をしようと貴様に関係あるのか」
突き放すように手を叩いて云えば、
三成が再び曹丕に手を伸ばした。
今度は手首を掴まれる。
痛いほど強く掴まれ、顔を顰めるが、三成は視線を逸らさなかった。
腹が立つ、この男に、ずかずかと土足で曹丕の内に入ってきては
あれやこれやと不遜に云い放つこの無礼な男に思わず唇を噛んだ。
放せ、誰に触れているか、と口を開こうとしたところで
三成が言葉を発した。

「お前がそんなことをしなくてもいいんだ」
「何を・・・」
何を云っているのか、こいつは、
女みたいな顔をして、澄ました顔で、
己だけは汚れないそんな、真っ直ぐな眼をして、
俺に何を云うというのか、
「お前が手を汚す必要などない、」
「貴様・・・」
三成は、ぐ、と曹丕を引き寄せる
顔が間近になって曹丕は言葉を失った。

「俺が居る、お前は俺を少しは信じろ」
その眼は驚くほど真摯で男らしい。
逸らそうと思うのに何故だか逸らすことが出来なかった。
逸らすことなど出来はしなかった。

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