016:追憶

最初から別れるとわかっているものに
執着することほど愚かしいことは無い。
解っていた、解っていた筈だった。
こんな筈ではなかった。
と今更になってこんな言い訳染みたことを
己に言い聞かせている無様に曹丕は自嘲気味に笑みを漏らした。

世界が戻ると云われて
憤慨したのは三成だ。
今更そんなことを、と、
しかし反面曹丕は漠然とそんなものだと理解していた。
( そうだ、続く筈がない )
この男と、三成と過ごしたこの出遭いは
曹丕を変えた。
変えて仕舞った。
「出遭う筈の無かったもの同士、元に戻るだけだ」
遠呂智が倒れた今異界は徐々に戻り、
既に世界は戻りつつある。
時間の流れを元の状態に戻すのにまだ少しかかると
仙人達は云った。
曹丕達は未だこの空間に留まっているが
三成達は反論の余地も無く
戻されてしまった。
伸ばしかけた手は届く筈もなく、
一人残された己には何も無かった。

変わって仕舞った自分はもう二度とあの過去の
自分には戻れない、
一人で生きていけると、孤独さえ厭わないと
立っていた氷のようには成れない。
「三成・・・」
最後に、必ず、と叫んだ三成の姿を思い浮かべる。
今は鮮明な記憶もやがて薄れていくのだろう、
全て記憶が無くなればまた元の氷の世界に戻れるのだろうか、
戻りたい、戻りたくない、
最早どうしたいのかさえ曹丕にはわからない。
ただ掴もうとした三成の手を思い出す。
曹丕、と呼ぶ三成の聲が胸に響いた。
「わかっていた、わかっていた筈なのに」
愚かなものだ、と曹丕は誰もいない部屋で呟いた。

「私は最早お前無くして私では有り得ず、
お前の手失くして歩くことなど出来はしない」

けれどもその手は無く、
傍らにあった暖かな光は消え、
そしてただ追憶だけがこの部屋に残る。
願わくば消え行く記憶の中で、
その手だけは忘れないでいたいと、
ただそう願った。

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