何となく察していた。
一年の春だった。
曹丕と同じ部屋で生活するようになってから直ぐに
三成は当たり障りの無いルームメイトとの
会話を試行していた。

「そういえば、クラブ決めたのか?」
別に何かに興味があるわけでは無かったが
帰宅部で寮ほどつまらないものも無い、
ただの世間話にと振ったら意外な回答が得られた。
「ああ、入部してきた」
「早いな、何部だ?」
曹丕は手にしていた古書から顔を上げ
(どうやらこの男は暇があれば図書室か寝るかのようだった)
「バスケ部だ」と答えた。
「意外だな・・・」
「何故?」
「お前なら運動部というよりは文化部のイメージだが・・・」
そう云えば、曹丕は三成に答えた。
「マネージャーだ。バスケ部の」

何故、と問おうと思ったが、
その時の三成は、適当に相槌を打って、
それから、何となく、
何となく、あまり自分のことを語らないルームメイトと
同じ部活も悪くないな、と思いバスケ部に入った。
それから夏になり、三成はどうして曹丕がバスケ部に、
つまり運動部に入ったのか悟る。

「お前は帰らないのか」
「ああ、夏中は此処に居る」
曹丕はいつものように淡々と本の頁を捲る。
三成はその様子を眺め、添え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを
取り出し、壁に凭れながら飲んだ。
曹丕は、帰りたくないのだ。
どういった理由かはよくわからないが、
時折、黒塗りの高級車が寮の前に停まっている。
曹丕が呼び出され、外の喫茶店で話しているのか、
小一時間ほどしてから戻った。
曹丕は何らかの事情で家には帰りたくは無いらしい。
夏は戻らなくてもいい、冬と春ばかりは寮が閉鎖される期間が
あるのでどうしようも無いが、夏なら戻らなくても良かった。
三成は曹丕のその姿を見て、察し、
結局少し思案してから、廊下に出て家に電話を掛けた。
夏は大会があるから、帰るのは無理だと家人の左近に伝え、
じゃあ、また何か詰めて送りましょう、と云われたので
宜しく頼むと伝えた。
左近ならいつでも呼べば飛んでくるだろうし、
養父母にも電話でもしておけば怒られはすまい、
三成は曹丕のそういった、何処か不安定な意固地さを
心配した。
だから曹丕と出来る限り一緒に居るように心掛けようと決心した。
危うくその綺麗な友人にどきりとする、
いつか箍が外れるのではないかと危惧するも、
三成は、成るようにしかなるまいと、悟っていた。

「では俺も残る」
大会もあるしな、と云えば曹丕は、そうか、と顔を上げ、
頷き、そしてまた視線を古書に戻した。

曹丕と身体を繋ぐ今となっては遠い話だが、
時折曹丕は家のことを洩らす。
小さな囁きのような言葉で家族のことを洩らした。
それが三成にはどうしようも無く、居たたまれず、
胸が苦しくなる。
しかし、これは曹丕の問題で三成にはどうすることもできない。
できるのは傍らの存在を抱きしめることだけで、
抱きしめている時に、ほ、と安堵したように安らかになる
その表情だけが三成にとって救いだった。
だから三成は曹丕に手を差し出す。
お前の為にこの手はあるのだと、差し出すのだ。


06:いつだってその手を差し伸べるひと

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