さて、この学校にもごく一般的な行事は存在する。
文化祭と体育祭である。
しかし、催しの方法がちょっと特殊だった。
それはこの学校の寮制度に大きく起因するのだが、
寮はそれぞれ学校の敷地内に三つ存在する。
其々、『春一番』『夏乃月』『冬木立』と
季語を使用した雅な名前が付けられていた。
そして欠落している秋、これは全体の四分の一を
占める自宅通学の生徒に適用される。
即ち、帰宅組は総じて『秋時雨』と呼称されるのである。
そしてこの春夏秋冬、揃って十月に催される創立記念祭を
兼ねた行事がこの『四季祭』なのである。
季節の天気に依ることもあるが、基本的に体育祭を一日目、
文化祭を二日目と三日目に一気に開催するなんとも忙しい
学祭であった。

皆それなりにお祭り気分でおおいに競い、楽しむのが
目的の学祭だ。
一日目、体育祭の準備に寮生全員が挙って
この一週間準備に追われていた。
(勿論文化祭の準備も各々並行して行われるので
徹夜で挑むものが過半数であった)
そして体育の部、当日である。
皆一様に立ち上がり、おおー、と喝を入れる。
どの生徒もその意気込みはすさまじい。
というのもこの体育祭、寮対抗なので
(帰宅組は『秋時雨』として一組に纏められる)
学年関係無く、全てが寮に加点される仕組みだ。
1位になった寮生全員に一週間分の食券が支給されるという
ボーナス付きであった。
たったの一週間、と云うなかれ、一つの寮に約百二十人が
居るのだ、この一週間分は破格と云えた。
その上文化祭でも、(※文化祭はクラス対抗なので寮は関係無い)
最も素晴らしい出し物をしたクラスにも一週間分のチケットが
支給される。つまり上手くいけば二週間分のチケットを手にできる
ものが居るということであった。
皆そのチケット争奪に情熱と時間を捧げ、
それらを統括する寮長の責任も重かった。
故に三成はここのところ東奔西走する生活であり、
同じく生徒会の仕事で多忙を極める曹丕とは入れ替わりの
生活を送っている。
何せ部屋に戻るのも僅かな時間で互いに、学校の生徒会室、
三成は寮の食堂で寝る生活だった。

「よし、作戦通りに行くぞ、」
「皆立ち上がれ!」
三成はやおら立ち上がり、指揮を執る。
三成の号令に全員が立ち上がり、戦場へと邁進した。
その旗は『天下布武』である。
さながら戦人のごとく意気込みで体育祭の幕はあがった。


「ふむ、我が寮は文化部と運動部が半々か、分が悪いな」
生徒会長として主催側の席に座り、如何なる事態にも対応できるように
その長い脚を優雅に組んで寮対抗の熾烈な争いを傍観しているのは
曹丕であった。
「そうですね、その上運動部と云っても冬木立が抱えているのは
バスケ部員の半数と、陸上部員が少し、卓球部など論外もあるので
野球部や、サッカー部を抱えている他寮に比べると不利であるかと」
同じ寮の書記の男が現状を分析しながら曹丕に報告した。
曹丕はふむ、ともう一度頷いて、少し目を伏せ微笑んだ。
「しかしあの三成のこと、かなり機動的に人材を組んでいるようだ、
意外にやるかもしれぬな」
そう云ったところで『借り物競走』のアナウンスが流れた。
走者がスタートラインについて、合図を待っている。
「次は三成がでるのか、これは面白そうだな」
さながら傍観者の気分であった曹丕だが、
その三成が借り物のお題の紙を手に一直線に曹丕に向かってくるので
流石の曹丕もたじろいだ。

「何だ、三成」
「これだ!」
ばっと見せられ、紙に書かれていた内容を検める。

『生徒会長』

「・・・」
「ということで一緒に走ってもらおう!」
しかし誰だ、こんなこと書いた奴、後でシメる、と
三成は怒りを露わにし、曹丕を連れて走りだそうとしたところで、
曹丕の空いた腕が掴まれた。

「すみません!先輩!眼鏡貸して下さい!!」
「は?」
三成が振り返ると、一年生だろうか、
必死の形相で曹丕に向かってお題の紙を見せた。

『生徒会長の眼鏡』

「いい度胸だ、これを書いた者は後で俺が必ず厳罰する」
俺の曹丕に、、、!と悔しげに云う三成を横目で見ながら、
曹丕の前で恐縮しまくっている哀れな生徒に曹丕は眼鏡を
貸し与えた。

「走るぞ、三成」
曹丕の薄い色の瞳が曝される、長い髪がなんとも綺麗だった。
不思議な取り合わせに加えてこの容姿である、
三成と曹丕は酷く目立つのだ。
三成は、ち、と舌打ちをして走り出す。
こうなれば一刻も早くゴールへ向かって
さっさと隠すしか無い。
しかしそれでも間に合わないだろう、
時すでに遅しだ、
只でさえ、曹丕という人間には苦労するのに、
これ以上曹丕信奉者、もしくは熱烈なスト−カーでも付いたら
その駆除に併走するのは三成なのだ、
「ええい、くそ!目障りなのだよ!クズ共が!!!」
ゴールは目前、その手を引いて、早く早く!


08:不穏な虫が
付く前に


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