「昨日の体育祭、応援の女装の件で投書があったそうだな」
にやにやと笑みを浮かべて見事獲得した一週間分のチケットを
寮生へと配り歩いていた三成が曹丕にこの話題を振った。
「ああ、くだらん話だ」
「どうせなら、私や三成が女装しろと結構な人数の署名があった」
「ほう」
三成は寮生にチケットを配布しながら、各部屋の点呼を取る。
曹丕はそれに付き合う形で一緒に歩いていた。
その殆どが文化祭の準備で徹夜であったので、皆直ぐに
部屋のドアを開けた。
「そもそも、私や三成がやっても当たり前すぎて面白味が
なかろう、ああいうのは筋肉隆々ムキムキの奴等にやらせてこそ
面白味があるというものだ」
成る程、理には叶っている。
悪戯に身の危険を感じるようなものを煽るよりは
遙かに有益であったし、周りも楽しめる、
その上身の安全も保障される。
「道理だ」
全く以って、生徒会長の仰る通り、
朝食を取りに食堂へ向かったところで、
本日の幕が上がる。
文化祭であった。


「楓組は何だったか」
三成がそういえば、と隣にいる曹丕に振れば、
曹丕は、噫、と興味なさそうに返事をした。
「展示だ、古文の。クラス代表がまあ、論文ほど長くも無いが
その内容にレポートを記述して資料と一緒に展示する」
「流石文系クラスだな、担任が古典だったか、」
曹丕の処の担任は古典の教師で、業界ではちょっとした人で
あるらしい、毎年この担任のクラスはこの出し物をする。
見るからに退屈そうなのだが、ただの展示と侮ることなかれ、
そのマニアックな内容に評論家などが来るほど貴重な内容で
あるらしかった。
「お前が代表で書いたのだろう?」
「ああ、執務の片手間のものだ」
何、たいしたものでは無い、と軽く云い放つ曹丕に、
この古書マニアの曹丕のことだから、さぞ凄いものを
書いたのだろうと、後で見に行こうと決意した。
「そう云うお前のクラスは何を?」
「演劇だそうだ」
理系とは思えない選択であったが、皆かなりやる気であった。
演目内容は正直三成にはよくわからなかったが、
クラスの誰かが創作したものであるらしい。
「お前は何を?」
「裏方だ、クラブの方の出店もあるから断った」
実際のところはクラスの半数に云い寄られ、
『お前の顔で集客する予定が!!』と
嘆かれたのだが、それを『知るか』の一言で
三成は一蹴していた。
「お前のところは誰か来るのか?」
曹丕が珈琲の缶をゴミ箱へ投げた。
ゆっくりと弧を描いて缶はゴミ箱に吸い込まれた。
「ああ、左近が来るとか云っていたが、お前は?」
そう問えば曹丕は苦虫を噛み潰したような顔をした。
曹丕がそんな顔をするなど珍しい、
まさか、と思い三成は口にする。
「来るのか・・・?」
「親族一同こぞってな・・・」
それはご愁傷様、と三成は曹丕に云うしか出来なかった。


文化の部では特に生徒会長は忙殺される。
各所からの報告と状況をまとめ、それぞれが計上した
予算を的確に配分し、追加申請されたものには
リストに目を通し、採決を下す。
そして安全に、かつ適正な内容で行われているかを
監督する立場であった。
故にクラスの出し物、クラブ活動での出し物にも
関与する暇は無い。
かろうじてクラスの出し物には論文という作業で
参加したものの、部活動など論外であった。
本来ならマネージャーを兼ねているわけだから
参加して当たり前なのだが流石の曹丕もそれは不可能である。
そもそもバスケ部部長に提出された申請書にも納得がいかない、
「クソ、例年通りフリースローゲームだけにしろと云うに!
カレーだと!?」
提出されたのはバスケ部での模擬店出店であった。
内容はカレー屋である。
ちなみにフリースローゲームをやってボールが
ゴールに入ったか入らないかで
カレーの具の中身が肉有りか肉無しか変わるという
なんとも云えない内容であった。
「私は忙しい、後はまかせる」
と結局許可を出し、三成はクラスの仕事もそこそこに
カレー作りに精を出しているというわけだ。

そして曹丕がそういった瑣末時に忙殺されているころ、
二年楓組の前に、ずらりと見るからにイカつい男達が並んでいた。
「孟徳、これだろう、論文とは」
眼帯の男、つまり夏侯惇が曹丕のレポートを発見する。
レポートには既に評論家などが集まって内容を検討しているようだった。
「おお、見事だ、子桓、これ子桓はおらぬのか?」
呼び止められた生徒は、はあ、生徒会長はご多忙でして、
としどろもどろ、なんか派手なおっさんに説明をした。
曹孟徳、つまり曹丕の父である。
その後ろには夏侯惇、淵、曹丕の弟達、司馬懿を含め
錚々たるメンバーで固められていた。曹ご一行様である。
故に曹丕はその日全力で忙しさの中逃げ回った。
こんな人数でぞろぞろとやってこられて、
鬱陶しいわ、悪目立ちするわ、
三成のところはまだいい、強面と云っても左近一人なのだ、
此方は大人数である。いい加減早く帰って欲しいのが本音であった。
どこからか「うちの息子だ、凄いだろう」と笑う聲が響いているが
曹丕はそれを全力で聴き逃したことにして、各所を監督しに回った。

十月も終わる。
慌ただしい季節だ、
ざわざわとあたりが騒がしい、
しかし不意に訪れる高揚感と達成感、
その余韻に皆酔いしれる。


09:四季祭

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