その日は奇しくも世間でバレンタインと称される日であった。
お菓子屋の陰謀のままに、大量のチョコというチョコが
氾濫する日であるが、この男子校とてそれは例外では無い、
直ぐ近くの女子校や近隣の学校からわらわらとこの名門男子校の
門前にひとが氾濫する日である。
曹丕と三成も例外では無く、そして何とも苦い話であるが、
同じ学校の生徒からも有難くもチョコを頂戴する立場にあった。
「・・・此処は男子校であって、こんなものを貰う謂れは無いんだかな」
共に登校すれば何処で待っていたのか、わらわらと女子に囲まれ、
年甲斐も無く、寮母さんや、老女教師にまで有難くチョコを拝領した
わけだが、教室に入れば、更にそれを超す量のチョコというチョコの
包みが自分の机に堆く積み上げられ、其処から乗り切らず零れ落ちた
チョコレイトは、級友の親切により申し訳なさそうに、紙袋に詰められていた。
これは一種の伝説である。三成と曹丕は二人して意図せず、いくつも伝説を
打ち立てているわけだが、バレンタインも伝説的である。
しかし食べ物を無碍にもできない。
曹丕は溜息を吐いて箱を一つ手に取ってみれば、知った名が見える。
三成も同じく絶句した様子で紙袋を見ていた。
恐らく、三成派、曹丕派の人間も挙ってここぞとばかりに
チョコを包んだわけであるが、男子生徒が殺到した
お菓子屋を想像すると少しぞっとするのが本音であった。
授業が終わり、寮に帰宅する頃にはそれが更に倍になり、
もうなんか死にたいというような気持ちになるが、
見かねた用務員のおじさんに、リヤカーを貸してもらい、
寮生の助けも借りて、なんとか寮には運んだ次第である。

「・・・」
暫しその山を眺めた後、三成は絶句した口を漸く開いた。
「どうするんだ・・・」
二人してこの量、勿論部屋に入れれば間違いなく、足の踏み場どころか
寝る場所さえなくなるだろう。
いっそ来年からは、校則でチョコを禁止して欲しい。
曹丕を見やれば真剣にその案を考察しているようで、この敏腕生徒会長が
恐らく全力で、自身の為に、その校則は施行されそうではある。
しかし問題は今この時であった。
「どうするも何も食えるわけなかろう」
曹丕は少し思案した様子で、やや青褪め、溜息を吐いた。
そして傍に居た曹丕派の、つまりこの場合は生徒会長書記の男である、
(余談だが、彼は曹丕派というよりは曹家の遠縁で、曹丕の
補佐兼世話係にと、曹家が曹丕の入学と共に寄越した男であったので
内情には詳しかった)に聲をかけた。
「箱に詰めろ」
彼は頷き必要な箱の数を他の曹丕派の面子と確認してから、
箱を取りに倉庫へ向かった。
その様子を見送り、曹丕はぽつりと漏らす。
「父に纏めて送れば喜んで食すであろう」
何せうちは親戚も多い、と云う曹丕に三成は少し顔を顰める。
それではわざわざ呉れた人間の気持ちを無碍にするのでは
無いか、と多少の良心が痛むのだ。そんな様子の三成に
曹丕はチョコの山から無造作に箱をひとつ掴んだ。

「見ろ、この明らかに手作りなラッピングを」
男子生徒の名が書かれたそれは非常に可愛らしく尚且つ手作りっぽさが
滲みでている。なんというか、これは中身も容易く想像できた。
三成がちらりと自分のチョコの山を確認すれば、如何にも手作り風なのが
ちらほら窺えた。
「これを食えというのか、気色悪い」
お前は食えるのか、と云わんばかりに目の前に出されたチョコを見て、
三成も青褪めて頷いた。
「だな・・・」
二人してあとはもくもくと用意された箱にチョコを詰め、
手伝いの何人かが、誰が贈ったのかのリストを作成し、滞り無くチョコの山は
曹家に送られることと相成った。

「悪夢だな・・・」
「考えるな三成よ・・・」


11:悪夢の
バレンタイン


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