※こちらの外伝は、曹家中心の話であり、
惇丕、曹家丕が含まれますのでご注意下さい。



今日は土曜日で、三成は部活だ。
勿論曹丕もマネージャーとして部活に参加しなければ
ならなかったが、その週末はどうしても家に帰らなければならなかった。
様々な理由をつけて断っていたが、今日こそ帰らなければ、
父は強硬手段に出るだろうと、安易に想像できる。
曹丕は溜息を吐き、立ち上がった。
「明日帰る」
三成は心配そうに曹丕の頬に手を添え、
何かあったらすぐに連絡しろ、とそっと曹丕に口付けた。

家のものとは月に一回程度会う。
会いたく無いと云っても司馬懿が勝手にやってくるのが
常であったし、曹丕が唯一家に頼っている古書とあまり有名で無い
映画のDVDを何処からか見つけては持って来てくれるので
別段不満は無かった。
今日も司馬懿が迎えに来るのだろうと寮前の門に向かえば
シルバーのボルボが停まっている。
いつもの家の車では無かった。
「元譲・・・」
車の操縦席では叔父である夏侯惇が煙草を燻らせていた。
夏侯惇は正確には曹丕の叔従父にあたる。
だが親族の多い曹家ではひっくるめて叔父と呼んでいた。
「ま、乗れよ」
叔父は曹丕に車に乗るように云ってからエンジンをかけた。
曹丕は助手席に座り、眼鏡を外して隻眼の叔父を見つめた。
「司馬懿は別の用事で出かけさせた、今日は俺がお迎えだ」
「何か面倒事か」
司馬懿が来ておらず、この叔父が来た段階で、どんな話かは想像がついた。
「積る話は余所で話す」
その言葉に曹丕は頷き、叔父は黙って車を出した。

着いた先はラブホテルだ。
何気無い顔をして、叔父は何も云わず車を停め、
中へ入った。
曹丕もその後へ続き促されるままに部屋へ入る。
シティホテルで無く、こういった俗っぽいところへ入るのが
何ともこの叔父らしかった。
「シャワーを浴びてくる」
曹丕は荷物を置き浴室へと入った。
叔父はその様子を見ながら冷蔵庫からビールを取り出し
プルタブを軽く捻る。
曹丕が浴室から出てやることと云えば一つだ。
これは一種の儀式であった。
夏侯惇は何かしら、厄介な内容のことを曹丕に警告しに来ている。
その上で曹丕に便宜を図ろうとしている、
その代償に曹丕はこの叔父と寝る。
今迄にも何度かあったことだが、恐らく夏侯惇とは曹関係の人間の中では
一番関係が深いのだろう。
この叔父のあっさりしたところは好きだ、その上流石に歳を重ねている
だけあって手管は相当のものであった。
単純に快楽だけを追求すればそれなりに気持ちがいい行為であったし、
曹丕自身この叔父が嫌いでは無い。
最初に叔父と寝たのは十四の時だった。
曹丕も同意の上でこの隻眼の叔父と寝た。
それから着かず離れず、適度な距離を持ってこの叔父とは付き合っている。
「・・・っ」
曹丕が精を吐きだすと叔父も曹丕の中で数度揺さ振り、吐き出した。
ずる、と叔父のそれが抜かれ、ぐっしょりとしたゴムを外しゴミ箱へ投げた。
そのまま夏侯惇が煙草に火を点けた。
「元譲」
叔父を呼べば、叔父は持っていた煙草の箱から一本を曹丕に差し出し
曹丕が加えたところで火を灯した。
曹丕はその火を有難く頂戴し、ゆっくりと吸い込んだ。
ふう、と何度か吸ったところで、夏侯惇が切り出した。

「孟徳がな、懸念している」
「身辺を徹底的に調査したらしい」
誰の、とも云わずに曹丕に切り出した。
「三成か」
曹丕との関係を懸念しているのだろうか、
「相手が悪い、」
夏侯惇が少し厄介だ、と苦虫を噛み潰した顔をして
乱暴に灰を落とした。
「お前のルームメイト・・・否、セフレでも無さそうだから本命か」
アッチの具合も良さそうだしな、と叔父の揶揄に曹丕は薄く笑った。
この叔父には嘘は通じないらしい、もはや言い訳も誤魔化しも効かないので
曹丕は黙って肯定することにした。
「何処まで入れ込んでるか知らねぇが、ありゃあちと厄介だぞ、子桓」
「織田系列の豊臣会の子飼いだ、表向きは石田家になってるがな、
実質豊臣の養子と云ってもいい、恐らく次の頭だ」
「無論ウチとは仕事の畑が違う、こちとらまっとうな商売を大爺さんの代から
やり始めたからな。だが、孟徳は縁を切って欲しがっている」
『まっとうな』という言葉に曹丕は自嘲気味に哂って灰を夏侯惇が
空けたビールの缶に落とした。
「ヤクザの息子とは付き合うな、と?」
何処までこの話が進んでいるのかはわからない。
だが、父が動けば、それこそ全力で三成を潰しにかかるだろう、
それが抗争だろうが何だろうが、どんな結果になろうとも
どれほど金を費やそうとも必ずそうする。
勿論司馬懿なども喜んで三成を潰しにかかりそうだ。
親族で曹丕に味方してくれそうなのはこの叔父くらいのものだった。
「端的に云えばそうだ、相手が悪い」
「で、叔父上はどうする?」
曹丕が云えば、夏侯惇はにやりと意地悪そうに笑い、
そうだな、と煙草の煙を吐き出した。
「ま、身体で払って貰った分は孟徳を諌めておく」
冗談めかしに肩を竦めた叔父に曹丕は今度こそ笑った。
昔からこういう人だ。
だがこの人の警告は確かに重要だった。
意外に細かなことに気付き、父に堂々と意見できるこの叔父が味方なのは
曹丕にとっては心強いことだった。
今も父と曹丕の間をぎりぎりのところで取り持ってくれている。
この叔父がいなければ、父も自分もきっとどうしようも無いところまで
流されていたのでは無いのだろうかと曹丕はぼんやり思う。

「十三の時だった」
ぽつり、と曹丕が云えば、夏侯惇は心当たりがあったのか
眉を顰めた。
「あの時のお前は、今よりずっと少女のようだったし、十人中十人が振り返るような
今とは別のオーラみたいなものがあった」
取り成すように云う夏侯惇の言葉に曹丕は目を閉じる。
「孟徳はお前をちゃんと愛している」
その言葉にどれほど曹丕が救われるのか、そんな叔父に曹丕は微笑した。
「お前は死んだお前の母親に良く似た、お前の母親と同じ腹から生まれているのに
他の兄弟とお前では別格だったな、」
あの歳の頃の一種カリスマ的な美しさだった、と
そう区切られて、曹丕は煙草を口にする。
「父を恨んでいるなどということは無い、あの時一度だけだった」
「あの時父は酷く酔っていて、私を寝台に引き込んだ」
「云わなくていい」
閉口した様子の叔父を見て曹丕は煙草の煙を吐き出す。
「近親相姦の血は曹家特有のものであるらしい、」
「それは否定せん、現に俺もお前を抱いている、
それなりに血縁の情以外の愛情も抱いている」
「私も死んだ兄が好きだった、子供過ぎて、それが初恋だったと気付いたのは
随分後になってからだった」
だから、と曹丕は続けた。
「父を責めてはいない、ただ、あの家にいると時折息苦しくなる」
夏侯惇はそうか、と呟き、それから煙草を灰皿に押し付けた。

「出ようか、これ以上は孟徳にどやされる」
肩を優しく叩かれて、曹丕は床に投げられた服を拾った。


外伝01:昔の話

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