曹家は格式の高い家だ。
血統を重んじる一族であった。
その格式たるや、一般には理解され難いものであったが、
中華系企業として最も世界的に成功している曹一族、
覇王の一族にとっては帝王学は当たり前のことであった。
その一環として、一定の年齢になったらまずは性教育を
行う、きちんとした正しい方法を子に教えるのだ。
それは作法であり、決して下世話な内容では無い、
将来妻ともなる女性は必ず曹家にとって有益をもたらす、
それ故、慣れるということも大事であった。
いざ、初夜で役に立たねば無意味である。
故に、こういったことは厳かに決められていたし、
皆そうして大人になった。
「植も十三か、」
曹植は曹丕の弟である。
非常に詩才に優れた子供であった。
そろそろ学んでもいい年齢だ。
「では、近いうちに誰ぞを呼ぼうぞ」
食事の席での曹操の言葉に、皆、それはめでたいと
軽口を叩くような気楽な席であった。
基本的に食事はそこに居る親族のものが皆揃ってから
食べるのが曹家のならわしだ。
現在長子である曹丕は高校から学生寮に入って仕舞ったので
曹丕以外で、曹家の邸宅に居るものは皆この場に居る。
直ぐに別の話題に移り、曹操が談笑していると、
黙って食事をしていた曹植がやおら立ち上がった。
「父上!その件についてお願いが!」
「なんだ?申してみよ」
この詩才に溢れた息子を曹操は可愛がっている。
後継争いにじきに立てられる運命にある子供だ。
曹植は少し云い澱んだ素振りを見せた。
「誰ぞ、相手に選びたいものがおるのか?」
頬を赤らめて俯く曹植に揶揄するように問えば、
曹植は頷いた。
「お前より年下は駄目だ、最初は年上でなければならない」
最初の相手は年上が望ましい、仮に恋愛沙汰になっても
分別のある大人なら弁える、手管があった方が良かった。
しかし曹操はこの詩才に弱かった、可能な限り望みは聞いてやりたいのが
親心だ。何も好かない相手とするより少しでも好いている相手の方がいい。
曹植は、ぐ、と手を握りしめ高らかに宣言した。


「兄上以外考えられません!」


外伝02:
植、お前もか



はああ、と溜息を吐いたのは夏侯惇である。
曹植のとんでも発言にその場はなんとか収めたものの、
発言内容がおおいに問題であった。
曹操は苦虫を噛み潰したような顔をしたまま酒を呷っている。
「植にも参ったものだな」
未だ十三だと云うのに、と夏侯惇が云えば、
曹操は頭が痛そうな顔のまま息を吐いた。
「しかし流石にお前の息子らしい、確実に同じ血を引いているぞ」
半ば責めるように、揶揄を含めて云えば、
一層曹操の眉間の皺が深くなり、うるさいわい、と聲が漏れた。
他の誰でも無い、同じ腹から生まれた兄を指名するなど、
到底きける内容では無い、しかしその場に居た全員がそれを非難できないのも
確かであった。咄嗟に夏侯惇が「莫迦なことを、」とそれを一笑し、
其処から氷付いた場が徐々に戻っていった。
曹操は冷たい形相のまま、曹植を見つめたままだった。
「子桓は特別だ」
「それは皆知っている」
曹丕のそれは特別だった。
一族の誰より、曹操に似ているくせ腹の底が読めない、
異才の子、そして周り全てを魅了してしまう容姿、
その容姿こそ曹丕の一番の不幸と云ってもいい。
母親に似て、子供の頃から酷く現実離れした容姿をしていた。
ともすれば子供の頃から誰ぞが組敷こうとしているという
噂が絶えず、その現場を通りすがりの夏侯惇が発見し、
慌てて曹丕を助けたということも何度かある。
いずれも全ては未遂に終わったが、曹丕に懸想しているのは
何も曹植だけでは無かった。
恐らくここに居る、曹家、それ以外の仕事に従事しているもの、
皆そんな妄想を一度は抱く筈だ。
しかし歳を経るごとに曹丕の氷の仮面はそんな自分を守るかのように
研ぎ澄まされていった。
今でこそ、それなりに力もつき、そんな理不尽を文武両道に
鍛えられた身で手酷くあしらっているようだが、
曹丕が子供の頃はその行く末にぞくりとした何かが背を奔ったものだ。
曹操ですらその魅力に誤った。
曹操自身、そんなつもりは無かった。
全く無かった、だが、過ちは起こった。
曹家の血は呪われているらしい、
この家系を辿れば必ず、そういった近親相姦に辿りついた。
絶句する内容であったが、それを誰も否定できないのは
その中に抗えない魅力を感じるからだ。
夏侯惇ですら、曹丕を抱く、
恐らく曹丕が特定の相手を見つけない限り、
夏侯惇は叔父として、曹丕の立場を守る為にそれを周りに誇示しただろう。
曹丕は夏侯惇のものなのだと示せば、一族の誰も意を唱えない。
曹操ですら、そういった考えを一度夏侯惇に示していた。
真実でなくてもいい、曹丕が夏侯惇のものであると誇示できれば
それでよかった。その件については曹丕も承諾している。
曹丕はそれがどういう意味なのか、そしてそれがどれほど
自分の身を守るのか、よく理解していた。
それほどに曹丕の魅力は曹家にとって扱い難いものであった。
「あれがこの家を出てくれて正直ほっとしている部分がある」
ぽつりと曹操が漏らした。
曹操は後悔をしている、未だ当時十三だった曹丕を酔いに任せて
抱いたのは曹操だ、その時確実に親子の中で何かが崩れた。
外道というなら哂えばいいと曹操は云う、
この男は息子を抱いたこと自体には後悔はしていない、
それによって結果曹丕との親子の関係を崩したことを悔いている。
「あのままこの家に居れば丕も儂ももっと遠くまで流されていた」
曹丕は父を責めない、自分にも覚えのある感情だったからだ。
曹丕は父を憎めない、それがなんであれ父の情を捨てることなど
曹丕には出来ない、出来はしない、曹丕はそういった子供であった。
「思えば哀れよ」
曹丕が曹丕でなければ、せめてあの信じられないような美貌が備わって
いなければ、こんな過ちは無かったのでは無いか、と曹操は云う。
しかし夏侯惇は想う、恐らく曹操は曹丕が今の曹丕でなくとも、
或いはもっと醜くても抱いただろう。
結局曹丕が遠ざかっても曹操はその存在を遠くになど手放せはしない、
酷い執着だ。それが曹家の血だった。
そんな己と曹丕の為に曹操ができるのは可能な限り、この檻を
大きくしてやることだけだった。手放せないのならせめて檻を大きく、
少しでも離れて欲しいと自嘲気味な嘲りを含ませて。
( 因果な血だ・・・ )
曹家の血は呪われている。
そして自分にもその呪われた血が備わっている。
夏侯惇は己の手をじっと見つめ、そして天を仰ぐように見上げた。
願わくば、曹丕だけでもこの因果から外れてくれるようにと祈った。

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