03:いたちごっこ

いつもいつも追うのは自分だ、
三成は、ち、と軽く舌打ちをして曹丕を追いかける。
曹丕は少し目を離すと何処かへ行って仕舞う男だった。
今も軍議が終わり、微調整にと顔を上げればもういない、
一声掛ければ良いものを、廊下に出ても既にその姿は無く、
誰彼構わず、捉まえて曹丕の居場所を訪ねれば、
庭先で見たなどということを云うので、庭先にまで足を伸ばす。
しん、とした庭は手入れするものがいないのか
何処か寂れた風で、勿論其処に誰かが居る筈も無く、
「また見失ったか、」
と三成は歩き周るはめになる。
「どだいあいつは勝手すぎる」
曹魏の後継者だ、勿論、身分では相当のものだ。
後の皇帝ともなれば尚のこと、それがどう云ったものなのか、
文字でしか見たことがなかったが、実際目の当たりにしてみれば、
それがどれほどの力を持つのか容易に知れた。
しかしそれだけに曹丕は難しい、多分に在る叡知の所為か、
その明晰過ぎる頭脳は時に三成ですら思考を追わなければ
答えに辿りつけなかった。
戯れにある問いかけはまるで禅問答のようなこともある。
その答えに三成が窮することもしばしばだ。
稀に三成から仕掛けることもあるが、曹丕はそれを
はぐらかすように三成の問いかけから逃げるのが常だった。

( まるでいたちごっこだ )
この遣り取りはいたちごっこだと三成は思う。
曹丕に近付く度に三成はそう感じる。
曹丕は逃げる、近付くものから巧みに逃げる。
それが曹丕の矜持なのか、他人を寄せ付けぬ荊の棘が
曹丕の周りにある。
「国の為に、簡単に遠呂智に膝を折る癖に、なんと面倒臭い」
曹丕の全てを知りたいと思うのに、いつも曹丕は肝心なところで
三成の指の間からするりと逃げて行く。
それが悔しくて半ば意地になって三成は曹丕を追う。
曹丕の思考を辿り、後を追いかける。
追いかけるのはいつも三成で、逃げるのはいつも曹丕だ。
仮に曹丕を見つけることが出来ても、その心を
捕まえることなど出来ないのかもしれない。
不意に三成は立ち止まり、想った。

( 曹丕は愉しんでいるのやもしれぬ )
この遣り取りを、いつも自分の見える位置で、
曹丕を捜しまわる三成を見てほくそ笑んでいるのかもしれない。
そう思うとそれはいよいよ確信に満ちて、三成はにやりと口端を歪めた。
三成はいつも必ず曹丕を探し出す。
それが愉しいのかもしれない、
曹丕の思考を追えば追うほど三成はそれが真実に思えた。

( 噫、なんだ )
「捻くれた奴め」
そういえば見つけた時、曹丕はいつも安心した顔を見せる。
僅かな変化であったが、あれは確かに安堵であった。
追いかけて欲しい、追いかけたい、
これでは堂々巡りのまま終わりはしない。
ならばいっそ三成は、覚悟した。
曹丕の身を見つけて、その心も見つけるのだと、
気配を察してどうやらその人は書庫に居るのだと確信する。
三成はいよいよ笑みが深くなり、壁に身を寄せ目を閉じた。

いつも追うのは自分なのだから
たまには待ち伏せしたって悪くない筈だ。
次の瞬間、書庫から出てきた曹丕を捕まえて、
驚き、揺らぐ瞳を見せる曹丕に、三成は口付けた。

「 つかまえた 」

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