04:ココア色
※パラレル

聲を掛ければ返って来た返事は
なんとも気の抜けたものだった。

「聞いているのか?」
思わず再度口にすれば三成は、勿論、と簡潔に
言葉を返す。
その様子に曹丕が眉を顰めたところで漸く三成が此方を向いた。
「明日発つのだろう?」
「その耳は飾りでは無いらしい」
皮肉を込めて云えば三成は口端を愉しそうに歪めた。

「一月ほどで戻る予定だが、」
曹丕はそう云って、手にしたココアの粉末を鍋に入れた。
牛乳で丁寧に錬るが、なかなか上手く出来ないらしい。
存外に不器用な曹丕を三成は愉しげに見つめた。
あつ、と鍋から手を離した曹丕をいよいよ見ていられず、
テレビ画面に向けていた視線を曹丕へと向けた。
「云えば俺が淹れてやるというのに」
やれやれと立ち上がり、三成は曹丕の隣に立つ。

曹丕と三成は互いにルームシェアをしている。
大学で知り合い、珍しく気があった数少ない人間だ。
三成が大学の近くに部屋を借りると云い出すと
曹丕も借りると云いだした。
何が羨ましかったのか、曹丕はたまにこうして
三成の行動をまねることがある。
実家は信じられないような金持ちだからか、世間に
疎い曹丕のことだから勿論、曹家の人達からは全く
歓迎されなかった。曹丕の教育係と称する男からは、
曹丕に悪影響を及ぼす害虫とまで云われたほどだ。
(無論、その後、「貴様のしたり顔を見ていると吐き気がする」と返した)
そんな曹丕だったが、この件に関しては折れなかった。
では、一緒に住むか、という話になりこうして
曹丕と晴れて同棲の身となっている。
同棲と云うからには曹丕とはそういう関係なのだが、
これまた世間スレしていない曹丕は、そういったことに疎い。
それが新鮮で曹丕に夢中になっていったのは自然な流れだった。

その曹丕が、夏中イギリスに行くというので、
三成は、そうか、とそっけなく返した。
向こうに家があるらしい。夏は毎年向こうで過ごすのだそうだった。
「森があってな、それが心地いい」
存外に詩人な曹丕だ、あちらで創作に夢中になるのだろう。
常よりも機嫌が良さそうな恋人の隣で三成は器用に
曹丕の吹き零しを拭いて、鍋を手際良くかき回した。
「ほら、出来たぞ」
曹丕のカップにココアを淹れてやると曹丕はそれを
大切そうに、ソファ前のテーブルへ運んだ。
このココアは最近曹丕が買ってきたもので、ハマっているらしい。
ココアの良し悪しなどよくわからないが、確かに美味いものだった。
機嫌良く、三成が先程観ていた映画の続きを再生し始めた曹丕に
三成は聲をかけた。
「そうだ、云い忘れていた」
ん?と曹丕は生返事を返す。
三成は自分の分のココアをカップに注ぎながら曹丕に伝えた。

「俺も明日からイギリスなのだよ」
瞬間振り返る曹丕に三成はしたり顔で答えた。
「どだいココア一つ満足に淹れられんのだ、
俺の淹れたココアが良いのだろう?」
以前実家でココアを淹れて貰ったらしい曹丕は
あまり美味くなかったと愚痴を零したことがある。
お茶関係は三成が作るのが決まり事だった。
曹丕は一瞬放心した様子で、内容を租借すると、
美味しそうに三成の淹れたココアを飲んだ。
数分後、いそいそと、では何処へ足を伸ばそうか、と
マップを持ってくる曹丕が三成は愛しくてたまらない。

一月、この傍らの存在と愉しむ休暇に三成は心躍らせた。

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