06:姫百合を抱いて

戦場の片隅で愉しげな聲がするので
眼をやれば浅井夫妻であった。
勝利で終えた戦はさほど緊張もせず、
戦の規模も小さいものであったので兵達も
揚々と帰路への準備にかかっている。
そんな中、長政とお市は楽しげに何事かをしているようだった。
あの夫婦のことだから決して仕事の本分を疎かに
するようなことは無いだろう、此処のところ
あまり休息も取れないほど慌ただしかったことを思えば、
今この場所で響く、お市の軽やかな美声は
心地良いものだった。
兵卒からの報告を受け取りながらも垣間みれば、
どうやらお市が花を摘んでいるらしい。
長政も細君に急かされるように胸一杯に色取りどりの花を抱いていた。
「曹丕殿」
聲を掛けられ、見れば長政だ。
そんなに沢山摘んでどうするというのか、
僅かに驚くものの顔には出さずに、
この花の似合う、美しい夫婦を眺めた。
見た目に美しいだけに不快では無い。
「姫百合ですのよ」
お市は楽しげに鈴のように可憐な聲を鳴らした。
「これは曹丕様に」
お市が長政の持っていた花束から、一際大きくて
美しい橙の花を一輪差し出した。
何と答えていいのか、一瞬躊躇する合間に、お市は
悪戯っぽく笑って、曹丕の髪に百合をさした。

「お綺麗ですから似合いますよ」
長政とその細君の頬笑みがあまりに綺麗で楽しげであったので
流石の曹丕も反応が遅れた。
ちょっと待て、そもそも男の頭に花など挿していいものか、
と一瞬悩むが、目の前の美男美女は二人して、抱えきれないほどの花を
兵から将にまで配って歩いているらしい。
暫し茫然とその様を見つめ、
遠呂智がもたらした異界で出遭った者達の奇怪な感性に
これを拒めば、無礼にあたるのかどうなのか、曹丕は少し真剣に考察した。

「なんだ?お前もか」
振り返れば三成だ。
三成もあの見目麗しき夫妻に花を頂戴したらしい。
手には姫百合が一輪あった。
「似合うではないか」
面白そうに三成が笑い曹丕の頬に手を伸ばす。
耳の横にある花までそっと指を伸ばして撫でた。
そうされて漸く、この花が頭にあるのは矢張り女なのだと
曹丕は悟った。
「取る」
そう云って外そうとすれば三成がやんわり曹丕の腕を掴んだ。

「似合うのだからいいではないか」
別に害になるわけでも無し、
誇る場所が無ければ花も哀れだと、
信じられないような甘さを含んだ言葉を三成が紡ぐので、
曹丕は今度こそ観念して、三成のするにまかせた。
撤収が終る頃には魏の後継者、曹子桓の髪に可憐な花が二つ、
飾られていたという噂は千里を駆けたという。

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