08:見つけた春

冷たい冬の最中に在る。
佇む場所は白く、周りには何も視えない。
ただ白い雪と氷の平野があるのみで
建物すら無く、誰かの人すらおらず、
ただ其処に佇む自分はまるで傀儡のようだ。
それが何時からなのか曹丕にはわからなかった。
昔は何かしら違った情景があったように思うけれど
もうその面影は無く、茫然と為す術無く立ち尽くすのが
曹丕に赦された唯一の贖罪のようであった。

( 冬が終わったら )
「何も残るまい」
( あたたかいものは )
「私には何も無い」
( この手を取れ )
そう囁く男は異界で出遭った遭う筈の無い男だ。
能面のように綺麗な顔をする癖、曹丕にはその激情を魅せる。
曹丕は魅かれるままにその手を取ろうとするが
いつも掴むのは空だ。
何時までもその手が其処にあるとは限らないのに、
その手を捜して仕舞う浅ましい自分が居る。

「取るものか」
曹丕は独り呟いた。
だって此処には何も無い、
その手を取って、その腕に包まれれば、
きっと、
( 救われるのだろうか )
そう思えば想うほど、曹丕は其処から動けない。
「お前の手を取っても私には返せるものなど何も無い」

「だからお前の手など要らぬ」
世界は空虚で、何も無い、
見渡す限り何も無い。
だからいらない、
返せるものが何も無いから曹丕は三成の手を拒む。
そうすれば三成は決まって困ったように頬笑み、
そっと曹丕の髪に指を絡めた。

「私はこの閉ざされた冬でいい」
冷たい平野でただの傀儡として、
いつかの亡くした自分を弔いながら、
死んで逝く身で構わない。
それが自分に相応しい、
「何も無くて、構わない、お前は要らぬ」
だからこれ以上入って来ないで欲しい。
懇願に近い想いで曹丕は三成に振り向いた。

三成は曹丕の氷をひとつづつ溶かすように
近付いて来る。
来るな、やめろ、
言葉はもう水に呑まれて仕舞う。
そして気付く、
何時の間に氷はこれ程溶けたのか、
あれほど溶けまいとしていた氷は水に成った。
それが流れとなり曹丕を飲み込んで往く。

「曹丕」
立ち尽くす曹丕が辺りを見回せば、
男が一人立っている。
誰もいなかった筈の底に男が立っている。
曹丕は慄える聲で相手の名を呟いた。
「三成・・・」

「溶けぬ冬など無い」
それ、見てみろ、
云われて辺りを見回せば、氷など何処にも無い、
三成の指す大地には、一つの芽吹いた葉が在った。
その腕に収まれば、曹丕はもう抗えない。

( お前は春だと云うが )
( 俺にはこれが水底に想う )
温かい、酷く澄んだ水底に居るようだ。

( そうして俺は底で溺れて往く )
( 息絶えて死ぬまで )
この腕という水に溺れ死ぬその甘さに
引かれるように曹丕は溺れて逝く。

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