10:忘れるつもり

しん、とした夜だ。
月だけが煌々と辺りを照らしている。
星さえも月明かりに掻き消えているようだった。
曹丕は、ぼお、とその月を眺めていた。
窓辺に寄り添うだけでは足りず床を出ようとしたところで
脚を掴まれた。

「何処へ行く」
三成だ。
情事の後、一時気を失っていた曹丕が目を開けた時には
三成は隣で寝入っていた。
それを起こさぬよう動いたつもりだがどうやら起きていたらしい。
そのまま思ったより強い力で引き寄せられた。
三成の顔がはっきり見える位置にまで寄せられてから
もう一度三成が口を開いた。
「何処へ行く?」
問われるままに曹丕は口を開く、
「月を、眺めようかと」
そう云えば三成は一層曹丕を引き寄せた。
「月など、」
どうでもいい、と三成は曹丕を抱き込んだ。
それに抵抗もせず曹丕は三成のさせるがままにまかせた。
「ほう、お前は月にまで嫉妬するのか」
揶揄するように云えば、三成は一瞬苦い顔をしてから、
曹丕の喉に食らいついた。
そのまま申し訳程度に羽織っていた衣服をはぎ取られる。
深い口付けが降りてくるが、それでも曹丕は抗わなかった。
「忘れるつもりだろう」
唐突に三成が呟いたので、
曹丕は三成と視線を合わせた。
何を云っているのか流石に検討がつく。
遠呂智を倒した今、世界は緩やかに瓦解していく、
どうなるのかはわからないがいずれ元の形に戻るだろう、と
曹丕は考えていた。三成の考えを訊いたことは無いが、
恐らく三成もそう思っている筈だ。
元あるべきところへ帰るのだと、
そう思っている筈だ。

きつく肩を掴まれて曹丕が三成を睨めば、三成は満足気に口端を歪ませた。
「お前は忘れるつもりだろう、子桓」
字で呼ばれて、曹丕は眉を顰める。
しかし三成は気にした風も無く曹丕に顔を近付けた。
「俺を忘れるつもりか」
曹丕は口端を歪め哂って見せた。
「お前は違うのか」
問い返せば、三成は何も云わず、曹丕に猛々しい自身を宛がった。
先程の情事で慣らしたとは云え、行き成りのことで曹丕の聲は上擦る。
身体を激しく揺さぶられ、ついに痛みより快感の痺れの方が強くなる。
「・・・っ」
「俺は忘れぬよ」
注挿の最中に三成が云う。
「叶うものなら、お前の傍に居るつもりだ」
簡単に手放さぬと云う三成が曹丕は愛しい。
しかし、曹丕は三成を突き放す。
「私は忘れる」
ああ、と注がれる感覚に酔い痴れながら、
上擦った聲で嘘を云う口が有難い。
「お前など忘れる」
お前など忘れてしまう、と云えば三成は一層激しく曹丕を攻めた。
は、は、と息が漏れる、形すら覚えろと云わんばかりの攻めに
曹丕の眦が緩む、
ふと窓の外を見れば、煌々と輝る月が見える。
忘れるさ、と呟きながら想う。

( この月を見れば )
( 私は必ずお前を思い出す )
この熱さや激しい情動をどうして忘れようか、
出来ることなら夜が明けねばいい、
この男をずっと私のものにできればいい、
( いっそ・・・ )
( このまま死んでしまえれば尚好い )

「お前が俺を忘れても何度でも奪いに来る」
そうして自分を捕える男に曹丕は手を伸ばし、口付けた。

( 忘れるつもり、 )
( わすれるつもり、 )
( 忘れえぬ、つもり、 )
煌々と輝る月だけが知る、胸の内。

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