11:理想のカタチ

曹子桓という人間と出遭った時に感じた感覚はどう言葉を尽くしても
語りきれるものでは無い、と三成は思う。
蒼弓の空を眺めれば、程よい時間と云えた。
「伝令!」
兵卒の物見が云うので顔を上げれば、先行させていた兵の一部だ。
様子を見た限りでは手筈は上々らしい。
「では手筈通りに」
手短に云えば心得た様子の古参兵が頷き立った。
その様子を見届けてから配下の将の一人が
「本陣にも伝令を」
と腰を上げたところで、三成は「よい」と一言云った。
「と、申されますと・・・」
「奴のことだ、とっくに察しておるだろうよ」
本陣に居るのは曹丕だ、こちらが伝えずとも事態を察しているだろう。
逆に三成が伝令を送るということは非常時に他ならない。
故に今は作戦の進行が成功していることは報告せずともよかった。
三成と曹丕の思考は恐ろしく似通っている。
それでいて見通す先が僅かながらに違う。
語れば語るほどその面白さに引き込まれるようだった。
三成がそうであるのなら、勿論それは曹丕にも云えることだった。
曹丕と三成は互いに惹かれあうように繋がっている。
だから曹丕には伝えるという必要性が殆どなかった。
あらかじめ道筋さえ決めておけばお互い読んだかのように
同じタイミングで動くことも可能だ。
それが心地いい。
打てば響くようなこの関係を三成は気に入っていた。
案の定、その後合流地点で落ち合った時も、曹丕は何も云わず、
互いにただ馬を歩ませただけだ。

「全く、お前と居ると負ける気がせんな」
仮に設けられた幕舎に宛がわれた部屋で地図を広げていた
曹丕が三成の聲に振り返る。
曹丕は奥の机へと立ち、三成に杯を差し出した。
「飲むか?」
渡されたのは酒だ。
「頂こう」
三成が受け取ると曹丕はその透明な液体を
なみなみと注いだ。
三成がちびちびと嗜んでいる間に、
曹丕は寡黙に地図を検討し、そして不意に呟いた。
「私も負ける気がせぬな」
先程の三成の言葉だ。
「ほう、お前もか」
曹丕の杯に三成は酒を注いだ。
深い味わいの銘酒と云える。
「三成よ、お前は優秀だ、それは認めよう」
「お前にしては珍しい」
明日は雪か、と云えば曹丕は愉しげにくつくつ笑った。
背中に重さを感じる、曹丕が三成に体重を乗せてきたのだ。
三成はその重さを心地良く思う。
できればこれがこのままずっと続けばいいとさえ、思うのは
この酒に酔った所為なのか、

( 酔いか )
( ならば酔ったと云ってお前に触れるのも一興よ )
三成は曹丕の手を掴み指を絡めた。
曹丕はそれを待っていたと云わんばかりに
三成の首に腕を回す。
まるで決まっていたかのように、自然なタイミングで絡み合う。
その心地良さに呑まれながら、三成は確信する。
この男こそが己の理想の形なのだと。
深い酔いはいつまでも醒めやらず、
夢か現か、幻か、
それでもこの男に出遭えた奇跡は何よりも得難いのだと、
その熱さに呑まれながら、いっそ睦言でも囁いてやろうかと
三成は悪戯に口を歪めた。

「お前は俺の理想なのやもしれん」
口付ければ、曹丕は眼を細め、何事かを紡ごうとしたが、
続きは三成の口に呑まれていった。

( 互いに奪い、奪われ、そして繋がる、)
( なんと救い難い理想の形よ )
( これでは )

「互い以外求められぬではないか」
自重気味に呟いた曹丕の言葉を聴こえぬ振りをして
三成はもう一度口付けた。

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