13:地下鉄
※パラレル

地下鉄、駅構内三番ホームに留る電車の二両目の端に
いつも座っている男が居る。
三成の乗る電車だ。大抵その男と同じだった。
始発の駅からなのか、通勤ラッシュの電車の中優雅に座っている、
恐ろしく顔の整った男だ。身成りからして
三成と同じ学生だろう。殆ど毎日同じ場所で
本を優雅に広げて読書をしていた。
なまじ容姿が綺麗なだけに電車に乗っている様が、酷く浮いていて
何かの冗談か、と問いたくなるようなほど場違いな男であったが
その美貌を気にする風でもなく、まして辺りの
同じ年ごろの女子高生の黄色い悲鳴も全く意に介した様子も無く、
毎朝淡々と同じ場所で本を読んでいる。
(まあ意に介さないという点では三成も同じだった)
そして毎日乗り換えの大きな駅で降りるのが日常であった。
そんな不自然に目立つ男であるから当然三成の視界にも入る。
厭でも入るのは当たり前だ。

毎朝三成はその綺麗な顔と手入れの行き届いた絡むことなど
一度も無いような絹のように長い髪を眺める。
そしてちらりとその長い指を見る。
( 今日は、書評か )
目の前の美男は余程本が好きらしい、
丹念にゆっくり本の頁をなぞって、ひとつひとつ、
これはいくつかの古書のリストでもあるから、
読んだ本をチェックしているのだろう、
しかし、一点でその長い指が止まった。
「・・・」
男はそのまま指を止め、そして丁寧に本を鞄に仕舞い、
乗り換えの駅で降りた。
その様子を見て、三成は理解する。

( あれは、 )
( 持っていない本だったか )
ふ、とそんな解釈をしても自分にはどうしようも無い、
三成はただ、その様子を見送り、今日朝一である小テストの
予習に没頭した。

その帰りのことだ。
不意に古書店へ寄ろうと云う気になった。
別に他意は無い。
ただ毎日乗り合わせる、口どころか顔を合わせたことすら無い
男が熱心に読んでいる本が気になった。
ただの気紛れだ。
三成はちらりと見た、男の指が止まった先の本のタイトルを捜した。
勿論、見つかる筈も無く、調べれば随分昔にその本は絶版していて
今では貴重な本であるらしかった。
手に入れるのは難しいと、店主に云われて、礼を云って店を出た。
翌日も同じ電車に乗り合わせた男は矢張り、その本では無いらしい、
また別の本を手に目的の駅までその長い指を本の頁を捲ることに
使った。そして乗り換えの駅で降りる。
その様子を見送って三成は思う。
そうなるとますます気になるのはあの本だ。
何処にも見つからない、あの本だ。
三成は駅を降り、学校への道すがら手元の携帯電話のボタンを押した。

「まさか秀吉様がお持ちとはな・・・」
左近に問い合わせればあっさりと答えがあった。
(左近は三成の家の家人である。まあ、職業は伏せさせてもらいたい)
まさかこんな身近に持っている人間が居るとは思わなかった。
学校帰りに本邸の方へ顔を出して、本を譲って頂いた。
ぱらりとその本を捲れば、古いインクの香がした。

翌朝、三成は少し緊張した面持ちで、その男の前に立った。
男は本を読んでいる。
三成はどう聲をかけたものか悩んだが、
しかし腹を決めて、鞄から本を取り出し、男の前に差し出した。
「俺は石田三成という、毎朝たまたまお前と同じ電車に乗り合わせるらしい」
正面で目を合わせれば、その男の顔がますます整っていることがわかって
三成は内心酷く取り乱した。だが表向きはなんとか平静を装って言葉を続ける。
「別に盗み見るつもりは無かったが、目についた、先日の書評の中で
持っていない本はこれだろう」
男はぽかん、とした顔を一瞬してから、本を見て、
漸く三成の云っていることを理解したらしい。
「失礼、毎朝同じ電車とは知らず、私は曹子桓」
曹丕は本を受け取り、大事そうに、表紙に触れた。
「この本は確かに私が探していたものだ、しかしどうやって?」
信じられない、と云った面持ちで曹丕が三成を見た。
三成はいよいよ嬉しくなる。だが、それを悟らせまいと振舞うに徹した。
「知り合いが持っていたのを譲って貰った」
「では貸してもらっても?」
「否、それはお前に、」
そう云えば曹丕は驚いた顔をした。
よく見れば、目が薄い青だ。
不思議な取り合わせの色がなんとも美しい。
鑑賞に値する、と三成は内心思う。
「では礼を、直に降りる駅になるので、これを」
曹丕が鞄からメモを取り出し、何事か記した紙を寄越した。
連絡先であるらしい。
「申し訳無いが、一度連絡して貰えないだろうか、」
本来ならこちらから連絡するべきなのだが、と
曹丕は立ち上がった。
もう乗り換えの駅だ。曹丕は降りなければならない。
三成が番号を教えている暇は無かった。
曹丕からのメモを受け取り、慌てて出ていく様を
三成は見つめる。
「では、また後ほど」
慌てて降りる様さえ絵になる男だ。
仕草や言葉使いからして、相当の家柄であるらしかった。
育ちの良さが滲みでている。
そんな曹丕を想い浮かべ、三成は学校が終わったらその番号へ
かけてみようかと、歩き出した。
足取りは軽い。
別になんてことはない、
ただの善行だ。
しかし、あの美しく賢そうな男と知り合えたことは
純粋に嬉しい。
これから始まる日々を想い三成は歩き出した。

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