17:内緒話

曹丕のその顰面はいつものことだったが、
三成はその様子に眉を寄せた。
眉目秀麗とはよく云ったもので、
曹丕の容姿は抜きんでて素晴らしい。
無論三成も引けを取るわけでは無いが、
三成は自分が美しいと感じたものを思ったままに
胸の内で、時には口にして称賛する傾向があった。
遠呂智軍内において、浅井夫妻なども特に
美しい二人であったが、そう思うと寄せ集め軍にしては
随分見目麗しい者達が曹丕の元に集まっている気がする。
改めて曹丕の顔を、じ、と見つめれば、
軍の配置の検討で何かを考えている様子であった。
三成達と曹丕達の時間の差は埋められないほどに長い、
(その時間実に千年を軽く超えているが、実際のところ
どのくらいなのかは、三成達には測りようがなかった)
銃といった新兵器や、三成達の持つ、武器の精製技術、
その他諸々のことを曹丕は簡単に吸収し、そういうものだ、と
納得することにしたらしい。最初の内はあれやこれやと訊かれた
ものだが、最近はそれを几帳面に書きとって、学習している
ようだった。
( 存外に熱心な男だ )
鑑がみてみれば、指導者としては当然のことなのだが、
曹丕のそれは何処までが、指導者としての義務で、
何処までが趣味なのか些か測りかねる。
義務である気もするし、半分趣味の要素もある気がするのだ。
要するに三成から見て、曹丕という男は実に、知識欲旺盛な男であった。
故に、なのか、曹丕はその美しい顔の眉間によく、というか殆ど
皺を寄せているのが常であった。
常に頭をフル回転させているのだろう、
休む間など無く、容姿だけでなく非常に優秀な頭脳を駆使している。
( 勿体ない )
穏やかにしていれば可愛げもあろうに、と内心思うが、
穏やかな曹丕というのもちょっと似合わない気もする、
そう思って三成は眉を寄せた。
「聴いているのか、三成」
苛立った様子で聲を掛けられ、三成は、は、と顔をあげる。
目の前の曹丕、以下軍議に参加している面子の視線が
三成に集中した。
「すまない、続けてくれ」
曹丕のことに集中するあまり、意識が余所へ行っていたらしい、
流石にこれでは不味い、三成は今度こそ軍議に集中した。

それから数刻に渡って繰り広げられた軍議で凡その目安はついた。
あとはそれを纏めて兵站を計算し、各部署への通達を行う用意を
するだけだ。
三成は資料を纏め、横で地図を丁寧に折りたたむ曹丕を見た。
やはり眉が寄っている。
あれほど人が居た室内も今は三成を曹丕だけだった。
( せめて二人の時くらい )
そんな顔はやめてくれれば、と思うのは三成だけでは無い筈だ。
三成は曹丕の腕を掴み引き寄せた。
唇を耳元に寄せそっと囁く、

「・・・っ」
曹丕は三成から顔を背け、莫迦なことを、と
呟き、持っていた資料をまとめてさっさと部屋を出て行った。
「逆効果だったか・・・」
三成は遠ざかる曹丕の背を見送り溜息を吐く。
好きだ、と囁けば、その皺の一つも取れるかと思ったが、
ますます皺が寄っただけのようだ。
しかし三成は充足感に満たされる。

( しかし赤くなるものだな )
去っていく曹丕の耳まで赤かったのを三成はしっかり見ていた。
( いっそ今度は褥で囁いてやろうか )
その腕を掴み引き寄せ、組敷いて、睦言のひとつも囁けば
かの麗人の眉間の皺はどうなるのだろう、
和らぐのか、一層深まるのか、
或いはその胸の内のひとつくらい、
「わかるのかもしれぬ」

そう思えば一層三成は愉しくなる。
今度はどんなことをその形の良い耳に囁いてやろうかと
想像し、くつくつと笑った。

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