19:雨が降って

昨夜から続く豪雨は今朝方になっても止む気配も無く、
ざあざあと響く雨音に耳を傾けながら、
三成は傍らの存在を確認した。
規則正しく、しかし酷く朧げな吐息を漏らしているのは
曹丕だ。長い髪を褥に散らして、穏やかに眠る様は
三成を安堵させた。
そっと頬に指を寄せれば曹丕がうっすら目を開ける。
「雨か」
「今日は止まぬだろうな」
寝台の脇に置いた水差しから、杯に水を注ぎ
曹丕に渡せば曹丕は少し身体を起こし一気に呷った。
陽気は春のようだ。
この世界に春夏秋冬、季節があるかはわからないが、
春のような陽気ではあった。
春には稀にこういった雨が降る。
時折酷く降るのか、大きく水が流れる音がした。
「まだ起きるには早かろう」
うつらうつら春の陽気が眠気を誘う。
前夜の疲れもあってか曹丕は再び寝台に身を沈めた。
そんな曹丕に指を絡めれば、煩わしいと云わんばかりに
そっぽを向かれた。
その様子に三成は笑みを洩らす。
少し前まではそういった素振りさえ見せなかった男なのだ。
構われるのが煩わしいと眠らせてくれという意思表示さえ
しなかった男である。
その癖離れると此処にいろと袖を引かれるのだ。
三成は苦笑し曹丕を腕に抱き込んだ。
もごもごと曹丕が動き、心地良い場所を捜してから
漸く落ち着いて寝息が聴こえた。
三成は曹丕を世界の総てから隠すように抱き込む。

いずれ終わる、
いつか終わる。
そんな予感ばかりが、よぎるので、
( こうしてお前を隠せれば )
( 世界のあらゆるものからお前を隠せれば )
どれほどかいいのに、と三成は息を洩らす。
起こさぬように、せめて今だけはこの緩やかな安堵に呑まれたまま、
自分の腕に居てほしいと切に願う。
今なら降る雨が、三成を曹丕を隠すだろう、
騒がしい喧噪から、或いは世界から、
こうしてまどろんでいると此処だけが世界から
隔離されているようだった。
まるでこの世界に二人きりのような、
そんな静寂だけがあった。

( 二人きりなら )
どれほど良かったか、
三成も曹丕も迷うことなど無く互いの手を取れた。
( 世界にふたりだけなら )
何の思惑も無く互いに堕ちればいいだけだった。
しかし現実はそうはいかない。
様々な立場と思惑に縛られて、ままならない。
せめてこの手を離さないだけの手段が欲しいと三成は思う。
漠然と今傍らにある温もりをこの腕の中に収める方法を捜している。
近付いたのは曹丕からだ、
三成を自分の駒に引き入れようと近づいたのは曹丕だった。
けれど結果はどうだろう、
互いに離れ難い思いに引きずられるまま共に居る。
最初はこうでは無かったはずだ。
三成も曹丕も互いの思惑があって近付いた。
思惑があって近付いた筈なのに、
一度引きあえばそう簡単に離れられるものでは無い。
互いが互いにとってなくてはならないなど、
なんとも因果なことか、それを想うと絶望的な気分になる。

( いつか終わる前に )
この絶望的な出遭いが
( 終わる前に )
このまどろみのなかで、
共に息絶えればどれほど楽かと思う自分さえ
( 恨めしい )

目を閉じれば、ざあざあと降る雨音が聴こえる。
その雨音にさえ、この深い想いの火は消せぬのだと、
云いようも無い絶望と安堵に三成は曹丕に口付ける。
口付けは甘く、甘く、しづかに雨音に融けた。

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