20:手をつなごう
※パラレル年の差

曹丕は三成より七つも上の
大学生であった。大学一年というのがどういったもの
なのか十一歳の三成にはよくわからない。
ただ大人に近付いたのだろうということはよく分かった。
三成と曹丕のマンションは隣同士で、共働きの両親に
遅くまでひとりでいる三成を目に留めた曹丕が、大抵遅く帰宅する
両親が帰るまで面倒を見ていてくれるのが常であった。
故に三成にとって曹丕は両親よりも近い存在であった。
三成が五つの時からこうして面倒をみていてくれている、
幼馴染の兄の存在は三成の世界では絶対であったし、
この美しいひとが自分を見てくれるというのは
何処か誇らしげで子供ながら優越感もあった。
曹丕も三成も基本的に静かだ。
相応の子供らしく振舞うということはどちらかというと
少なかった。
三成などその傾向がより顕著であった。
長らく、この年上の兄のような存在と一緒にいる為か
同じ年ごろの子供より早熟であったし賢かった。
「今日は遅くなるそうだ」
父は出張で、出版社に勤める母は締め切り前で
ほぼ泊まり込みの作業だ。
仕事ばかりに従事する二人は、三成に構ってやれなくて
ごめんね、と云わんばかりに夏休みなどに休暇をもぎ取って
この上なく三成に尽くしてくれるが、三成は別に両親を
それで恨んだことも無いし、仕事に対する理解もある。
これが一人であれば恨み言のひとつも出たかもしれない、
だが三成には曹丕が居た。何一つ不満は無い。
曹丕とて、同じ年頃の友人と遊んだりしないのだろうか、と
思うが、三成の知る限り、曹丕はそういったことを
好まないようだった。
その上、曹丕はこのマンションに一人暮らしだ。
時折、司馬懿という曹丕の家人が曹丕の身の回りの世話をしに
来ているが、それ以外の家人を三成は見たことが無い。
「では、泊っていくか」
曹丕は三成と自分の夕飯を用意しながら、云う。
三成はそれに頷き、皿をテーブルに出した。
自宅に居るより曹丕の家に居る方が長い。
どちらが家なのかももうわからないほど馴染んでいた。
夕飯はカレーだ。
当たり障りの無い、ごく普通のカレーだ。
だが三成は曹丕の作るカレーが好きだった。
器用に何でもこなす曹丕の手つきが好きだった。
「食べたらコンビニ行きたい」
そう云えば、曹丕が目を細める。
「小遣い日か」
三成は笑い、曹丕に財布を突きだした。
曹丕はそんな三成の頭に手を乗せ、微笑を浮かべる。
この綺麗なひとが三成は好きだった。
子供目に見ても曹丕は綺麗だ。
三成の学校では三成も「かっこいい」など同い年の女の子に
云われるものだったが、曹丕のそれはもっと特別だった。
三成は曹丕ほど綺麗なひとを見たことが無い。
しかしそれを直接口にしたことは無い。
云ったらこの特別が壊れて仕舞う気がした。
だから三成は幼いながら、精一杯大人のフリをする。
曹丕はそんな三成の様子にいつも微笑を浮かべた。
それだけで自分が曹丕にとって、少なくとも「特別」であると
云う事がわかった気がして、
三成は幸せを噛みしめる。

夜の路、
コンビニの帰り、
そっと手を繋げる。
指を絡めると曹丕が、「マセガキ」と笑った。
三成はそんな曹丕を見上げ、
早く大人になりたいと願う。
大人になってその隣に立って、
この美しく何処か寂しげなひとを包んでやりたいと願うのだった。

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