21:海の見える丘
※パラレル近未来/是我痛のパロディ/遠呂智=ガルズオルム(敵)VS人類

いつか遠くで聴いた聲だった。
それが誰だったのか曹丕はどうしても思い出せない。
憎いものだったのか、或いは大切なものだったのか、
それすら曹丕には朧であった。
ざあざあとまるでノイズのように聴こえるそれは
不快でもあるし、穏やかな波音のようでもあった。

「曹丕殿、出陣を」
今現在曹丕は、趙雲と組んでいた。
戦闘は常に二人一組で行われる。
趙雲が戦闘を担当し、曹丕はそれを補佐するウィザードの立場にあった。
もう何度目の戦いか、曹丕は覚えていない、
それが何のための戦いか、云われて理解こそすれ、
それすらも何処かしら夢物語のようであった。
趙雲と曹丕の所属している場所は違う、
日常で会うことは無かったが、こうして戦闘が生じると
趙雲に云われるままに趙雲のウィザードとして戦った。
最初に趙雲に会った時に信じられないという顔をされたのを思い出す。

「まさか、貴方を復元できるなんて、」
有り得ないと、あんなに損傷が激しかったのに、と趙雲は云った。
実体の実感すら持てない曹丕に、何か覚えていますか?と
問われ、「何のことか?」と曹丕は答えた。
曹丕は、曹家の嫡男で、曹魏をまとめる立場にある。
蜀である趙雲とは敵同士の筈なのに、時折こうして共に戦うことに
疑問さえ浮かばない、その時何故か、と一度問うたことがあるが
趙雲は悲しそうな顔をして苦笑を浮かべただけで
答えては呉れ無かった。

「かろうじて魏のサーバーは生きていますが、私の蜀のサーバーは
一部をサルベージするので精一杯でした」
「今日のミッションは、他に稼働しているサーバーは無いかの探索と
データの回収作業です」
耳慣れない単語である筈なのにそれが理解できる。
深く考えると酷く頭が痛むので、曹丕は考えを放棄して頷いた。
常に喪失感があるというのに身体は動く、それが生きているということなのか
どうかさえ曹丕にはわからなかった。

『曹丕』
不意に懐かしい聲が聴こえた気がする。
振り返っても誰もいない、趙雲に云われるままに機体の操縦に徹して
ひとつのブロックに辿りついた。
「戦国サーバー・・・」
ぽつりと朽ちた文字を見れば、掠れる文字で辛うじて読み取れた。
「戦国サーバーは十年前に稼働を停止したと聴きました」
サルベージできるものがあるか確かめます、と趙雲はコックピットを開く、
海辺の丘の埋没した都市の上にあるそれは、打ち捨てられた残骸のようであった。
趙雲は無言で作業をし、ぽつりと呟いた。
「覚えていますか?石田三成を」
曹丕は顔を上げる、今何と云ったのか、
「かつて貴方と石田三成のペアは最強だった。あの頃はまだセレブラント(味方)も
沢山居て、艦も多く残っていた、遠呂智の所業で人類は量子サーバーに存在するのみの
記憶になりましたが、貴方達が居れば勝てると誰もが信じていた」
「何の話だ・・・」
趙雲は振り返ることなく言葉を続ける。
「月で、月の決戦で、我々は人類の総力を賭けた戦いに負けた、
それを打開するために、なんとかその場を繋ぐ為に、貴方方は乗った機体ごと
自爆した、貴方方は塵となり、僅かに残ったデータのキャッシュの殆どは破損して、
それでも我々には、貴方に頼るしかなかった」
「子龍・・・?」
曹丕が顔を顰める。
「僕ももうこの復元は三度目ですけれどね、
貴方はもう四十年以上もこの時を繰り返している」
「最初のセレブラントである貴方をどうしても失えなかった」
赦して下さい、と呟く趙雲の意図がまるで読めない、
何を言っているのか曹丕にはわからない。
「石田三成のデータの復元は出来なかった・・・出来なかったんです、」


『曹丕』
懐かしい聲が聴こえる。
胸を鷲掴みにされるような感覚に呑まれる、
どうしようもなく切なくて悲しくなる。
ああ、そうだ、男が居た、
ひとり、振り返り、曹丕に名を与え、手を差し伸べた、
淡い亜麻色の髪の男、戦を繰り返すサーバーの記憶の一人、
いつもこの海の見える丘で彼は遠くを見て、曹丕の名を呟く、
愛しいような、切ないような、
今にも消え入りそうな激しい想いを込めて、
曹丕を引き寄せる、
どれほどこの身体を失っても、どれほど、記憶が朧になっても、
曹丕と繰り返す男の手は力強く暖かく、曹丕を個として確定する。
「三成・・・」
失われた記憶の欠片が、浮かんでは消えていく、
思い出すのは辛さばかりで、
月の、月面のあの戦いで、三成、と叫んだ、曹丕に
分解する身体で微笑んだ男を想い出す。
共に果てると誓った癖に最後の最後で曹丕だけ、
逃がした憎い男を、曹丕は思い出す。
引き裂かれる想いで伸ばした手はそれでも届かず、
『曹丕』と呼んだ穏やかなその聲だけが
懐かしい。

「三成」
「みつなり・・・」

涙が溢れる、
失ったものの喪失に、その憎しみにも似た愛に、
打ちのめされる。
しかしそれは郷愁に似た想いで今も曹丕の胸に響くのだ。

※遠呂智の世界観が現実で「三國サーバー」とか
「戦国サーバー」とかに別れて、人類が滅亡した世界で
戦いの記憶を継承していたりするといいよね、という雑談を元に
是我(ゼーガ)痛(ペイン)のパロディでした。
シズノ=曹丕/キョウ=三成であります。

http://zain.moo.jp/3h/